調査資料-100 科学技術理解増進と科学コミュニケーションの 活性化について 2003年11月 文部科学省 科学技術政策研究所 第2調査研究グループ 渡辺 政隆 今井 寛 Research on the Promotion of Public Understanding of Science & Technology and Science Communication November 2003 Masataka Watanabe Kan Imai 2nd Policy Oriented Research Group National Institute of Science and Technology Policy (NISTEP) Ministry of Education, Culture, Sports, Science and Technology (MEXT) JAPAN 目 次 1.はじめに――科学技術の発展と社会・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 2.科学技術理解増進の必要性と効用・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4 2.1 なぜ必要なのか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4 2.2 社会レベルでの必要性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4 2.2.1 科学技術力向上のため・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4 2.2.2 持続可能で民主的な社会を実現するために・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5 2.2.3 有能な人材の確保・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・9 2.2.4 社会的必要性のまとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13 2.3 個人レベルでの必要性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13 2.3.1 合理的な価値判断・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13 2.3.2 健康の維持増進・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・14 2.3.3 インチキに騙されない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・14 2.3.4 自己決定・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・14 2.3.5 文化として楽しむ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・14 2.3.6 個人レベルでの必要性のまとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・15 2.4 科学技術理解増進の必要性に関するまとめ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・15 3. 科学コミュニケーションの活性化・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・17 3.1 科学技術情報の入手先・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・17 3.1.1 科学技術情報に関する意見・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・17 3.1.2 入手先・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・19 3.1.3 テレビと新聞をめぐる現状・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・21 3.1.4 日米における差異――科学系博物館・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・23 3.1.5 日米における差異――科学雑誌・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・24 3.1.6 科学書・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・25 3.2 わかりやすい科学技術情報の発信・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・27 3.2.1 科学コミュニケーションの不調・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・27 3.2.2 英国の取り組み・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・28 3.2.3 米国の取り組み・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・34 3.2.4 日本の現状と課題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・39 3.2.5 人材養成システムとその受け皿の必要性・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・43 3.2.6 科学コミュニケーター活用の場・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・44 3.2.7 誰が何をすべきか・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・45 3.2.8 研究者の努力・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・47 4. 要約と結論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・51 4.1 議論の要約と提言・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・51 4.2 今後の課題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・52 5. 謝辞・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・54 6. 引用文献ならびに参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・54 巻末資料1 科学ニュースを伝える ――広報担当者、科学者、医学研究者のための手引き・・・・・・・・・・・・・・・・・57 巻末資料2 一般市民とのコミュニケーション・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・87 1.はじめに ―― 科学技術の発展と社会 われわれの生活は、あらゆる側面で先端科学技術の恩恵を被っている。しかし、平成11年(1999年)に世界38カ国の中学生を対象として実施された「第3回国際数学・理科教育調査」の第2段階調査(TIMSS-R)の結果を見ると、我が国の生徒(中学2年生)の成績は数学、理科共に上位グループに位置しているにもかかわらず、数学や理科の好き・嫌いについての質問では、好きである度合いが世界の中で最下位グループに位置している。平成14年12月に公表された、国立教育政策研究所の「教育課程実施状況調査」でも、理科の好きな生徒の数は学年が増すにつれて減少していることが確認されている。 また、当研究所において大人(18歳以上)を対象に平成13年に実施した「科学技術に関する意識調査」でも、科学技術に関連する関心度及び科学技術の基礎概念理解度が欧米諸国と比較して全般的に低い水準にあることが判明している。 以上の調査結果を総合すると、このままの状態が続くと、科学技術の研究開発と一般の人々の科学技術に対する関心・知識・理解度との乖離がますます広がってしまうとの懸念を抱かざるを得ない。 平成7年11月に成立した科学技術基本法は、広く国民が科学技術に対する理解と関心を深めるべく、啓発と知識の普及に努めねばならないと謳っており、平成8年に決定された科学技術基本計画においても、科学技術理解増進施策の推進が規定されている。それを受けて科学技術庁は、平成9年に「科学技術理解増進検討会」を開催し、理解増進施策のあり方について検討を行った。また、平成10年には、同じく科学技術庁において「科学技術理解増進検討会」が開催され、「理解増進活動の目的」について、以下のような提言がなされた。 1) 21世紀へ向けて、より人間らしい生活をするには、自然や人間の理解は不可欠であり、また、その理解をもとにした科学技術が重要なはたらきをするに違いない。誰もが、科学技術についての知識を持つことが不可欠と言ってよい。 2) 科学技術の専門家は、人間の顔が見える形で、科学技術の魅力を伝え、多くの人の興味を呼び起こす活動を社会に組み込むことに、より積極的になる必要がある。それと共に、科学者・技術者も生活者であることを忘れず、社会の人々と共に考え行動することが必要である。 3) 社会の人々は、科学技術に関する価値判断を的確にできるようになる必要がある(未知ゆえに、科学技術を感情のみで拒否することは、社会にとって望ましくない)。更に科学技術を活用する能力を身につけることが望まれる。環境に関する調査・研究など時には積極的に参加できる場合もある。 1 4) 一見矛盾するように見えるが、科学技術を深く理解することは、科学技術があらゆる問題を解決するものではないという限界を知ることにもなる。 5) 将来、科学者・技術者として活躍する若者を育てる。 平成13年に決定された第2期科学技術基本計画では、科学技術理解増進に関して、以下のように、さらに踏み込んだ言及がなされている。 「知の創造と活用により世界に貢献できる国・・・・・・を実現していくためには、科学を根付かせ、育て上げる取り組みが必要である。そのため、科学的なものの見方・考え方、科学する心をたいせつにする社会的な風土を育むと共に、知の源泉である人材を育成し、知を国の基盤とする心を大切にする社会を構築していくことが必要である」(下線は引用者) こうした流れを受け、数々の方策が実施されている。本報告書では、科学技術理解増進の必要性について議論すると同時に、科学技術に関する知識が国民に伝えられる経路や科学技術関連機関における情報発信の在り方等について検討を加えることで、国民の科学技術に対する理解増進方策の策定に資する提言を行いたい。その中心をなすのは、科学技術者からの情報発信と、一般社会からの情報のフィードバックを円滑に執り行う人を「科学コミュニケーター」と呼ぶことにし、その役割の重要性を認識し、養成システムを確立すると同時に活躍の場を設定すべきであるとの提言である。 なお、調査研究に広い視野から取り組むため、平成14年9月に科学技術理解増進研究会を設置し、都合4回の会合を重ね、調査研究の計画及び成果について幅広い分野の委員の方々から多様な評価・助言をいただいた。科学技術理解増進委員会の委員は、以下の通りである(役職は研究会発足時点のもの)。* 座長 高柳 雄一(文部科学省高エネルギー加速器研究機構計算科学センター教授) 副座長 中村 雅美(日本経済新聞社科学技術部編集委員) 大島 まり(東京大学生産技術研究所助教授) 高橋 真理子(朝日新聞社論説委員室論説委員) 鳩貝 太郎(文部科学省国立教育政策研究所 教育課程研究センター基礎研究部総括研究官) 松田 良一(東京大学大学院総合文化研究科助教授) また、以下の客員研究官の方々にも、研究会での議論に参加していただいた。 2 植木 勉(岩手県立大学総合政策学部教授) 小倉 康(国立教育政策研究所教育課程研究センター基礎研究部主任研究官) 日夏 健一(科学技術事業団科学技術理解増進部企画課長) *補足:当第2調査研究グループでは、科学技術理解増進問題に対して、多角的な取り組みを行っており、理解増進研究会では、そのすべての調査研究テーマに関する必要性、現状、原因、対策へと至る一連の課題について、包括的な議論をお願いしてきた。 本報告書の前半で論じている「理解増進活動の必要性」は、今更ながらの話題ではあるが、理解増進活動の目標を見定めると同時にその必要性を確認し直す上で、どうしても避けては通れない話題であると考える。 本報告書の後半をなす「科学コミュニケーションシステムの活性化」については、それが実現すればすべてが解決する妙策というわけではないが、現在の日本において早急に対処すべき課題であると認識している。 本報告書が二重構造をなしているのは、そのような理由による。 第2調査研究グループでは、他の調査研究テーマとして、いわゆる理科離れが顕在化してきた原因を探る調査も行っている。また、科学館等における理解増進活動の効果を探る調査なども実施している。 本来ならば原因を特定してから対策を講じるべきなのであろうが、錯綜した原因を探るうちに対策が後手に回ってしまいかねない。とにかく実現できそうな対策から手を打っていくべきほど、事態は深刻の度を増しつつあるものと考えられる。 本報告書の使命は、それこそ理解増進問題をめぐる議論(コミュニケーション)を社会に喚起する1つのきっかけになることでもある。 なお、「科学コミュニケーション」及び「科学コミュニケーター」なる語は、英米豪において一般的に使われている science communication及び science communicatorの訳語である。ここで言う「科学コミュニケーター」については、従来ほぼ同義で「インタープリター」という呼称が用いられたこともあるが(たとえば平成8年に出された「科学技術と社会に関する懇談会」報告書)、インタープリターという語は、必ずしも科学技術と社会との橋渡し役だけを指す言葉ではない。また、科学技術分野で使用される場合でも、科学系博物館の解説員や自然解説員に限定された呼称として定着しつつある。そこで本報告書では、広い意味での科学技術の「インタープリター」を「科学コミュニケーター」と呼ぶことにする(科学コミュニケーターと呼ばれる人たちの内訳については本文40ページを参照)。 3 2.科学技術理解増進の必要性と効用 2.1 なぜ必要なのか 科学技術理解増進(以下、「理解増進」と略)が必要であるとただ声高に唱えても、説得力は生まれない。国民も行政側も、科学技術政策の一環としてなぜ必要なのかを納得した上で理解増進方策が推進されるのでなければ、その効果は期待できそうにないように思われる。また、国民一人ひとりが、個人として科学技術に対する積極的な関心と正しい理解及び活用法(科学リテラシー)を身につける意義を納得しないことには、たとえいかに効果的な理解増進方策を進めようとも、実効は期待できないのではないだろうか。 理解増進が必要な理由については、前述した、平成9年に開催された「科学技術理解増進検討会」などをはじめとして、これまでにも各方面からさまざまな意見が出されてはいる。しかし、必ずしも社会に周知されているとは言いがたい。そこで改めて、理解増進活動を推進すべき理由について考えてみたい。そのためには、国全体すなわち社会レベルでの必要性と、個人レベルでの必要性に分けて考えるのがよいだろう。 2.2 社会レベルでの必要性 2.2.1 科学技術力向上のため 我が国の科学技術関係予算は、平成13年度がおよそ3兆4700億円、平成14年度がおよそ3兆5400億円、平成15年度がおよそ3兆5900億円(いずれも補正予算を除く)である(ちなみに平成15年度の国の総予算はおよそ81兆7891億円で、うち科学技術関係予算の割合はおよそ4.4%)。これだけの国家予算が科学技術関係に支出されている以上、国民はその使途と必要性に関して無関心であってはならないはずである。いやむしろ、関心を持つ責任があると言うべきかもしれない。その意味でも、国の政策として、科学技術に関する国民の関心を喚起する必要がある。また、科学技術に関する正しい理解を育むことは、科学技術政策を円滑に運用する上で大切なことであり、それでこそ、重要な科学技術政策の策定に国民が積極的に関与し、広い合意(コンセンサス)を得た上での民主的な政策決定という理想の実現を目指すことが可能となる。 国としての科学技術力を向上させるためにも、国民全体の科学技術に対する関心と理解力を底上げすることが不可欠である。国の科学技術力だけが科学技術に対する社会の基本的な知識レベルとは無関係に向上することは望めないからである。 1945年、科学力の差で戦争に負けたとの認識から「これからは科学の時代だ」との声が社会に高まる中で、哲学者の鈴木大拙は、次のような警句を発している。 科学の振興は科学そのものだけを離して実現せられるべきものでない・・・・・・。とに 4 かく、科学的に考える、科学的に物事を見るという心理態が、国民一般の間に養成せられなければならぬ。これのないところでは、いかに科学科学と叫んでも、雨後の筍のように、日本が科学全盛ということにはならぬ。当局は此点につきて十二分の考慮を費やすべきだと信ずる。(鈴木大拙,1945) 科学技術が基礎的なもの、応用的なものを問わず、社会の経済や人々の生活にさまざまな恩恵をもたらすことは論を待たないが、目先の利益や結果のみに目がいってしまうと、科学技術の正しい理解と育成が損なわれかねない。その意味でも、政治家、行政官、会社の経営陣、メディア関係者等、社会的に影響力のある人々の理解増進も重要である。 2.2.2 持続可能で民主的な社会を実現するために 図1は、科学技術に対する国民の年齢層の関心度の推移である。ここで注目すべきは、1987年から1990年の間に20~30歳代の関心度と40~60歳代の関心度が逆転し、それ以降、本来ならば夢と希望に燃えるべき若い世代が科学技術に対する関心を低迷させてきたことであろう。 科学技術に対する我が国国民の関心度は、国際的に比較しても決して高くはない。図2は科学技術関連問題に対する関心度を日米で比較したものである。科学的発見に関しては、米国では関心が高まっているのに対し、我が国では1991年には50%だった関心度が、10年後には44%に下がっていることがわかる。発明された技術の利用に対する関心度でもやはり、50%から48%とわずかではあるが、減少傾向が見られる。増減はともかくとしても、日本人で科学的発見や技術の発明利用に関心をもつ人が全体の半数にも満たないという現状が確認できる。 医学的発見に対する日本人の関心度は60%を越えてはいるが、この10年間に65%から61%へと低下している。 唯一異なる傾向を見せているのは、環境問題に対する関心である。米国では77%から70%へと関心が低下しているのに対し、我が国では71%から75%へと関心が高まっていることがわかる。 しかも、憂慮すべきは関心度だけではない。科学技術の基礎概念に関する質問(11問)に対する正答率でも、我が国のレベルが決して高くないことは、「科学技術に関する意識調査」において、すでに報告されているとおりである。図3は、EU(ヨーロッパ共同体)及びEU候補国(マルタ、スロベニア、キプロス、ポーランド、チェコ、ハンガリー、スロベニア、ラトビア、リトアニア、ブルガリア、ルーマニア、トルコ、エストニアの13カ国)を対象に、それぞれ2001年及び2002年に実施された最新調査データに基づく国際比較である。 5 203040506070197681868790951998関心を有する割合(%)20歳代30歳代40歳代50歳代60歳代70歳代(年)70歳以上60歳代50歳代20歳代40歳代30歳代 図1 科学技術に関する情報に対する年齢層別の関心の推移 調査項目は、1976年調査では、「大いに関心がある」と「少しは関心がある」という選択肢の合計を「関心がある」、「関心がない・わからない」を「関心がない」に、1998年調査では、選択肢「非常に関心がある」と「やや関心がある」の合計を「関心がある」、選択肢「あまり関心はない」と「ほとんど(全く)関心はない」の合計を「関心がない」とした。また、1976年と98年の調査での60歳代は70歳以上を含む。総理府世論調査(1976、1981、1986、1987、1990、1995、1998年)より作成。 6 020406080100日本(1991)日本(2001)米国(1992)米国(2001)日本(1991)日本(2001)米国(1992)米国(2001)日本(1991)日本(2001)米国(1992)米国(2001)日本(1991)日本(2001)米国(1992)米国(2001)環境汚染医学的発見技術発明利用科学的発見% 図2 科学技術関連問題への関心度日米比較 文部科学省「平成15年版 科学技術白書」より 7 48525253535456585959606161626367676873020406080ポルトガルEU候補国平均ギリシアアイルランドスペイン日本ベルギーEU平均ルクセンブルグドイツオーストリアイタリアフランス英国米国デンマークフィンランドオランダスウェーデン正答率(%) 図3 科学技術基礎概念の理解度(共通11問の平均正答率) 文部科学省「平成15年版 科学技術白書」及び「Candidate Countries Eurobarometer 2002.3 RESEARCH November 2002」より作成。調査年度は、米国は1999年、日本、EUは2001年、EU候補国(13カ国)は2002年。 このように、欧米諸国と比べて科学技術に対する関心度も理解度も低いレベルにあるにもかかわらず、これまで我が国が先進科学技術立国として発展してこられたことは、驚くべきことかもしれない。しかし、今後ともそのような状況が続くという保証はない。むしろ、環境破壊、経済成長と効率のみを優先した社会等への反発が反科学技術的な思潮を生み出しかねない事態を懸念すべきであろう。本来、科学技術は決して非人間的な営為ではない。人々の探求心や好奇心を満足させ、生活レベルの改善に寄与しうるものであるはずなのだ。そのような営為に対して、少なからぬ人々が無関心・無理解であるような社会は、文化的で民主 8 的な社会とは言い難いのではないだろうか。 反科学的な思潮にひかれる人々にしても、すべての科学技術製品を捨てて原始の社会に回帰したいと願っているわけではなかろう。単に、人間や自然に「優しくない」技術や、「人間の顔」が見えない科学に違和感を覚えているにすぎないと思われる。ならばむしろ、持続可能な社会の発展を実現するためにも、そのような意識を持つ人々が、科学技術に対して積極的な関心と関与を示すことが望ましいのではないだろうか。そうであってこそ、民主的な科学技術政策の実施が可能となるはずである。反科学的な姿勢を見せる人たちのなかには、科学技術を否定したいわけではなく、誤解しているにすぎない人たちも存在しうる。そうであるとしたら、その誤解を正すことさえできれば、科学技術と社会との理想的な関係を育む有力な支持層となることも期待できる。 石油エネルギーの枯渇や地球規模での環境変化が危惧される中で持続可能な社会の発展を目指すには、それを支える科学技術の研究開発が欠かせない。そしてそれを支援し理解するためには、国民一人ひとりが高い意識と理解力を有する必要がある。 2.2.3 有能な人材の確保 科学技術に対する関心の低下は、科学技術分野に進んで未来を担うべき有能な人材の芽を摘むことにもなりかねない。図4は、大学の理系学部の進学者が全体の中で占める割合の推移である。保健系学部の漸増によって全体の割合はほぼ横ばい状態だが、工学系進学者の割合が1970年前後をピークに漸減していることがわかる。 図5は、国立教育政策研究所が全国規模で行った「平成13年度教育課程実施状況調査」によって得られた、小学校高学年生徒と中学生の進路選択に関する意識である。男女とも、小学校6年で理系の職に対する意欲が低下し、中学生においてもあまり回復しない傾向が読みとれる。 9 0%5%10%15%20%25%30%35%196819701972197419761978198019821984198619881990199219941996199820002002年度割合理系の合計理学系工学系農学系保健系理系の合計工学系保健系農学系理学系 図4 大学の理系学部(理学系、工学系、農学系、保健系)入学者数の割合の推移 文部科学省「学校基本調査報告書」及び科学技術政策研究所「平成12年版科学技術指標-データ集-」より作成。保健系には、医学部、歯学部、薬学部、その他が含まれる。 5101520253035小学5年小学6年中学1年中学2年中学3年学年はいと答えた生徒の割合(%)男子女子女子男子 図5 理系の仕事に就きたいと答えた生徒の割合 「将来、理科の勉強を生かした仕事をしたい」との質問に対して、「そう思う」及び「どちらかといえばそう思う」と答えた生徒の割合。国立教育政策研究所「平成13年度教育課程実施状況調査」より作成。 10 本来、子供たちは好奇心旺盛な存在であり、考える力や探求心を育む上でも、理科教育は効果的である。科学に夢中にさせることは、科学技術者の卵を養成することのみならず、日常生活において科学を身近な存在とするというだけでも意味がある。その点で、理科の勉強は普段の生活にはあまり役に立たないと思っている生徒が多いことを示唆する図6の結果は憂慮されてしかるべきであろう。 20304050607080小学5年小学6年中学1年中学2年中学3年学年役立つと思うと答えた生徒の割合(%)理科算数・数学英語国語社会理科社会算数・数学国語英語 図6 勉強は普段の生活や社会に出て役立つと答えた生徒の割合 「○○を勉強すれば、私のふだんの生活や社会に出て役立つ」との質問に対して、「そう思う」及び「どちらかといえばそう思う」と答えた生徒の割合。国立教育政策研究所「平成13年度教育課程実施状況調査」より作成。 理科及び科学に関する興味・関心の年齢別の傾向に関しては、当研究所の「我が国の科学雑誌に関する調査」で注目すべきデータが紹介されている(図7)。この図からは、理科に対する興味は小学校5学年から低下の一途をたどり、高校1年で最低レベルに達してそのまま30歳代まで持ち越され、40歳代になってようやく、科学に対する関心がやや回復するという傾向が顕著に読みとれる。40歳代になって科学への関心がやや高まるのは、子供が小学校高学年に達する親の世代であることと、社会に対する広い関心が要求される社会 11 的地位に就く世代であることが関係しているのかもしれない。 0102030405060708090小5小6中1中2中3高1高2高320歳代30歳代40歳代50歳代60歳以上年代割合(%)「理科はおもしろいと思う」と答えた生徒「科学技術に関心がある」と答えた成人 図7 理科及び科学に対する興味・関心の世代別推移 「我が国の科学雑誌に関する調査」の参考19図3より。「理科はおもしろいと思う」と答えた生徒(小5から高3)と、「科学技術に関心がある」と答えた成人のデータを合成したもの。元データは、前者が瀬沼花子(1998)、後者は総理府世論調査(1998)。 本来、10代後半から30代前半の青年層は、希望を胸に明るい未来を創造すべき世代である。それなのに、我が国の青年層が科学に対する興味・関心を失っていることは憂慮すべき事態と言うべきであろう。その点でも、サイエンスライターとしても名高い物理学者で、マサチューセッツ工科大学大学院サイエンスライティング・プログラムの教授でもあるアラン・ライトマンの次の言葉には示唆に富むものがある。 だれにとっても、いつかの時期に、人の言葉にたよらず、一から自力でなにかをまなんだ経験があるはずだ。自分がゼロからこつこつとまとめあげた知識、自分が体験からまなんだ知識を人に話すことには、ある特別な満足と喜びがある。その快感こそ、人びとが科学の道に進む大きな理由ではないだろうか。 アラン・ライトマン「世界は丸いか、平たいか」(1997)より 12 2.2.4 社会的必要性のまとめ 以上の議論は、以下のようにまとめられる。 1.我が国が今後とも科学技術力の向上を目指すには、科学技術に対する国民の関心と理解が高いレベルを維持し、研究開発への理解が広く得られることが欠かせない。 2.科学技術に対する理解度が高まることは、持続可能な社会の発展と民主的な科学技術政策運営という理想の実現に近づくことでもある。 3.なによりも、社会全体が科学技術に理解と関心を示してこそ、子供たちが未来に希望を抱き、また、科学技術者が社会に貢献できる魅力的な職業として映ることになる。 2.3 個人レベルでの必要性 たとえ理解増進活動の社会レベルでの必要性が認識されたとしても、個々人が自分自身にとっての必要性に目覚めないうちは、全体の向上は望めない。 まず、「国の施策として、なぜわざわざ科学技術の理解増進を図らねばならないのか」という素朴な疑問を抱く国民も多いと思われる。それに対しては、前節(2.1)で検討した種々の理由から、「ひとえに国民の豊かな暮らしを実現するため」と答えることができる。つまり、科学技術に対する国民全体の関心と知識・理解のレベルを上げることが、ひいては一人ひとりの生活に恩恵をもたらすことにつながるからである。 また、「科学技術なんか、知識も興味もなくたって、日々の生活にはちっとも困らない」という居直り的な異論も予想される。それに対しては、知識や関心がなければ損をすることが多い、「知識や関心があれば生活をもっとエンジョイできる」という答が用意できるであろう。 2.3.1 合理的な価値判断 その第1の理由として、科学的な考え方や方法に親しみ、それを身につけることが、合理的な価値判断の基盤として役立つということがある。論理的な思考、仮説検証的な方法論は、科学の世界だけでなく、日常生活においても有用であると思われるからである。 13 2.3.2 健康の維持増進 第2の理由は、万人の関心事である健康の維持増進にとって科学的な知識が役立つことである。専門的な栄養学の知識とまではいかなくても、栄養のバランスといった知識、調理法に関する知恵など、知っていると得になることは多い。また、健康に害のある物質などに関する正しい知識とその理由を知ることは、危険を避けるという意味だけでなく、過度の恐怖心を抱いたり、不正確な宣伝に踊らされないためにも重要であろう。体や環境に優しい「スローライフ」を送る知恵も、科学技術に対する関心・理解と無縁ではない。「スローライフ」なる概念は、決して反科学的なものではないはずである。 2.3.3 インチキに騙されない 第3の理由は、科学技術に関する正しい知識を身につければ、いわゆるエセ科学、疑似科学に惑わされずにすむというものである。インチキ商品などに騙されることは、金銭的な損失のみならず、最悪の場合には人命にも危険が及びかねない。科学の常識レベルで考えただけでもおかしいことがすぐにわかるような商品や言説が数多くまかり通っているという事実は、それだけ騙されている人も多いということの証左であろう。 2.3.4 自己決定 第4の理由として、所詮、科学技術と無縁で暮らすわけにはいかないなら、うまく活用しなければ損である。電気のコンセントに関する基礎的な知識から最先端医療に関する大まかな知識まで、個々人が自分の責任において適切な判断や選択を下すには、正しい情報や知識が不可欠である。現代は、自らの生き方を自らが決定する自己責任が問われる時代でもあるとなればなおさらであろう。 また、この場合、科学技術は万能であるという誤解も危険である。たとえいかに科学が進歩したとしても、科学にも確言できないグレーゾーンが存在する。ある程度の確度、確率でしか語れない現象が厳として存在するからである。身近な例では、たとえば天気予報の降水確率や台風の進路予想などがそれにあたる。あるいは、手術や化学療法の成功率などもそれにあたる。確率的な考え方は誰もが苦手とするところではあるが、科学的な確率予想の意味を正しく理解すれば、科学技術となおいっそううまくつきあうことができるようになるであろう。これは前述の第3の理由とも関係することだが、科学にもグレーゾーンが存在することを正しく理解すれば、逆に、「科学的」と称するエセ科学への抵抗性も身に付くはずである。 2.3.5 文化として楽しむ 第5に、科学技術は人類が営々と築いてきた知恵であり文化であり、その遺産と成果は文化・教養として大いに享受されてしかるべきである。かつて、宇宙の中心と考えられて 14 いた地球が、宇宙の片隅に位置する一銀河系のそのまた一太陽系の中のちっぽけな一惑星にすぎないと判明するに至った経緯は人類の知的葛藤のドラマ、哲学上の一大革命であり、そうした事態を惹起したのが、ほかならぬ科学技術の発展だった。科学技術は文化であり教養であるとの認識を広めることこそが、科学技術創造立国及び民主的な文化国家の実現を目指す近道たりうる。 この点に関連して、京都市青少年科学センター所長を兼務する総合地球環境学研究所日高敏隆所長の言葉を引用しておこう。 野生のカブトムシの幼虫は、どこでどうして育っているのでしょうか? それを知ったからといって京都市の財政には一文のプラスにもなりません。けれど、野山の中のカブトムシの生き方を知ることは、自然というものをもっと深く知るという点で、京都の文化の深みを増すことになるのです。 (京都市青少年科学センター発行『あゆみ』第34号(2002年)より) 2.3.6 個人レベルでの必要性のまとめ 以上の論議は、次のようにまとめられる。 1.科学的な考え方や方法は、合理的な価値判断を下すに際して役立つ。 2.健康の維持管理などに役立つ。 3.エセ科学・疑似科学に惑わされずにすむ。 4.科学技術をうまく活用し、自らの判断で生活を切り開く上で役立つ。 5.文化として科学技術を楽しむための糧となる。 2.4 科学技術理解増進の必要性に関するまとめ ここまで論議してきた科学技術の理解増進が必要な理由とその効用をまとめたのが、図8の概念図である。 15 科学技術への 関心・興味 知識不足 反科学 欠如 正しい知識 科学政策への コンセンサス 科学技術の向上 健康で 豊かな生活の実現 科学する心 Sense of Wonder 豊かな創造性 知的好奇心 合理的な思考 文化・教養 として 科学を楽しむ 科学的な 見方・考え方 科学の限界 (グレーゾーン) の正しい認識 生活の知恵 合理的な思考 人材育成 人材育成 事態がプラスに進行する方向 効果が波及する方向 事態がマイナスに進行する方向 ⇔対立関係にある事態 ほぼ道義的な向上目標 図8 科学技術理解増進の必要性とその効用概念図 16 3.科学コミュニケーションの活性化 3.1 科学技術情報の入手先 3.1.1 科学技術情報に関する意見 人々の科学技術理解増進を阻んでいる要因は何だろうか。さまざまな要因が考えられる中でも、科学技術は難しくてわかりにくいという忌避感が大きいかもしれない。総理府が1987年(昭和62年)、1990年(平成2年)、1995年(平成7年)に行った「科学技術と社会に関する世論調査」では、「科学技術に関する知識はわかりやすく説明されれば大抵の人は理解できる」との設問項目が設けられた。その結果を示したのが図9である。 19.110.45.543.446.543.64.34.411.64.46.323.826.230.756.28.60%20%40%60%80%100%1995年2月調査1990年1月調査1987年3月調査全くその通りだと思うそう思うどちらともいえない・わからない(注)そうは思わない決してそうは思わない 図9 科学技術に関する説明をめぐる人々の意識 「科学技術に関する知識はわかりやすく説明されれば大抵の人は理解できる」と思いますかとの設問に対する回答結果。(注)1990年(平成2年)と1995年(平成7年)の調査については、左の数字が「どちらともいえない」、右の数字が「わからない」。1987年(昭和62年)の調査では、両者を区別していない。総理府「科学技術と社会に関する世論調査」(昭和62年、平成2年、平成7年)より この図からは、わかりやすく説明してもらえれば、科学技術は決して難しくないと思っ 17 ている人(「全くその通りだと思う」と「そう思う」と答えた回答者の合計)が、全体の半数近くからそれ以上を占めており、しかもその割合は年を追うほど増加してきたことがわかる。1995年(平成7年)の調査においては、科学技術情報の供給と重要度に関する設問も設定されている。その結果を示したのが図10である。 15.715.143.44.23.54.34.612.74.447.548.623.823.81754.219.13.10%20%40%60%80%100%全くその通りだと思うそう思うどちらともいえないわからないそうは思わない決してそうは思わない科学技術に関する知識はわかりやすく説明されれば大抵の人は理解できる科学技術について知りたいことを知る機会や情報を提供してくれるところは十分にある日常生活において科学技術について知ることは重要ではない 図10 科学技術情報に関する意見について 総理府「科学技術と社会に関する世論調査」(平成7年)より つまり、1995年の時点で、「科学技術に関する知識は、日常生活において重要である」と考えている人(図10の下図における「そうは思わない」と「決してそうは思わない」の合計)も、「わかりやすく説明してもらえれば理解できる」と思っている人(図10 の上図において「全くそのとおりだと思う」と「そう思う」の合計)も、「そういう情報や解説を提供してくれるところはあまりない」と考えている人(図10中図において「そうは思わない」と「決してそうは思わない」の合計)も、全体の6割以上を占めていたことがわかる。 また、図10で紹介した総理府の世論調査とは設問の形式が若干異なるものの、2001年3月に当研究所が行った「科学技術に関する意識調査」における、「日常生活で科学について知っておくことは、私にとって重要なことではない」という設問に対する回答(有効回 18 答数2146)でも、「そんなことはない、重要である」に相当する回答(図11における「反対」と「強く反対」の合計)は、1995年の総理府調査における同様の設問で「重要だと思う」との回答(図10下図における「そうは思わない」と「決してそうは思わない」の合計)71.3%からやや減少しているものの、なおも全体の67.5%と高い割合を占めている。 22.67.656.511.02.30%20%40%60%80%100%強く賛成賛成わからない反対強く反対 図11 「科学情報は日常生活に役立たない」に対する回答 回答は複数回答。科学技術政策研究所が2001年に実施した「科学技術に関する意識調査」より作成。 3.1.2 入手先 では、多くの人々は、日頃、どのような媒体を通して科学技術情報を入手しているのであろうか。図12は、当研究所が2001年に実施した「科学技術に関する意識調査」の結果である。入手先としてはテレビのニュースがトップで91%、次が新聞記事の70%、続いてテレビのドキュメンタリー番組の53%、雑誌・週刊誌の記事の35%となっている(複数回答)。総理府が1998年(平成10年)に行った「将来の科学技術に関する世論調査」における同様の調査でも、情報源のトップはテレビの90%、2位が新聞の59%で、3位は雑誌の12%となっている(図13)。 テレビ及び新聞において科学技術情報がいかに発信されているかに関しては、平成5年度科学技術振興調整費による「科学技術振興のための青少年の育成方策に関する調査」の一環として「科学技術に関する情報の効果的な発信方策に関する調査」が実施して以降、まとまった調査は見あたらない。その調査では、1993年10月13日(水)からの1週間にわたって、在京民放5社の全放送を録画し、科学技術情報が放映された時間等を調べている。その結果、科学技術情報が放送された割合は8.4%で、その平均視聴率は6.1%だったという。 しかしテレビニュースが伝える科学技術情報は、プラス面を報じる情報としては新発見あるいは新技術の開発が主であり、あとは事件や大事故、環境汚染といった負の則面を報じるニュースの方が大きく扱われる傾向がある。 19 11448101213131419355370910102030405060708090100わからないその他特になしビデオ、CD、テープなど博覧会・博物館新聞の広告インターネット単行本、書籍テレビのコマーシャル雑誌・週刊誌の広告家族・友人の話雑誌・週刊誌の記事テレビのドキュメンタリー番組新聞の記事テレビのニュース(%) 図12 科学技術情報の入手先 回答は複数回答。横軸は回答数の割合(%)。岡本ほか(2001)の図4-10より。 上記の新聞記事調査では、朝日新聞東京版の1985年9月から1992年12月までの記事をパソコン通信の記事検索サービスで調べ上げている。その結果、1985年時点では全体の10%だった科学記事の紙面占有率が、1992年時点ではほぼ14%に漸増していたという。新聞に関しても科学技術に関する大事故や環境問題などの負の則面の方が大きく報じられる傾向が見られる。ただし各紙とも、近年は週に1回か2回の割で科学欄を設けることで、周辺情報や基礎的な知識の普及に努めるようになっている。科学記事の増加は、そうした流れの一端を反映したものかもしれない。 20 144778101657871233556711121259900102030405060708090100その他シンポジウム、講演会わからないインターネット専門誌科学館・博物館書籍仕事を通じて家族や友人との会話などラジオ一般の雑誌(週刊誌、月刊誌等)新聞テレビ平成10年10月調査平成7年2月調査(%) 図13 科学技術情報の情報源 回答は複数回答。横軸は回答数の割合(%)。総理府「将来の科学技術に関する世論調査」(1998)より。 3.1.3 テレビと新聞をめぐる現状 しかし今や新聞は、10年前にも増して深刻な危機に直面している。それは、人々の新聞離れである(テレビについても、高齢者を除き、テレビ離れの傾向が見られるという)。NHKが行った「2000年国民生活時間調査」によれば、1日に15分以上新聞を読む人の割合(新聞行為者率)は、前回調査の1995年よりも、男性は50代以下、女性は30代以下で下がっている。95年の調査では、男女とも50%を切っていたのは20代以下であったのに対し、2000年の調査では30代の男女でも50%を切ってしまった(図14)。 大学教官の話を聞いても、今の学生の大半は新聞を読んでおらず、ニュースの入手先はもっぱらウェブのニュースサイトだという。しかしウェブサイトでは、事件の速報記事しか入手できないというのが実情である。 21 0102030405060708090男20代男30代男40代男50代男60代男70歳以上女20代女30代女40代女50代女60代女70歳以上新聞の行為者率(%)1970年1995年2000年1970年1995年2000年2000年1995年1970年図14 平日の新聞閲覧率の変化 行為者率とは、1日に新聞を15分以上呼んだ人の割合。NHK放送文化研究所(2002)より。 また、科学技術情報の入手先としてトップにランクされているテレビについてだが、テレビは「揮発性のメディア」(高柳雄一氏談)と言われるように、ニュースにしても、科学教養番組にしても、活字メディアのように読み返すことができないため、情報が素通りする危険性を秘めている。したがって、興味・関心を喚起する手段としては有効だとしても、知識・理解を深める媒体としては弱点を抱えている。しかも全般的に科学教養番組数が減り、内容もバラエティー番組化している。 ただしそうした中で、最近は「伊藤家の食卓」(日本テレビ)、「ためしてガッテン」(NHK)、「発掘! あるある大事典」(フジテレビ)など、生活や健康の知恵を紹介する、いわゆる「裏技」系の番組が人気を集めているという事実もある。「伊藤家の食卓」に至っては、2001年2月6日に28.8%という高視聴率を記録したほか、2003年7月8日放送の番組も18.1%と、依然として高い視聴率を維持している(いずれも株式会社ビデオリサーチ調査)。 これらの番組では「裏技」や「生活の知恵」に関する科学的な解説も提供されており、個人的なレベルで理解増進が必要な理由「健康の維持増進」等をまさに満たす番組と言えるかもしれない。そして事実として、その種の番組が高い人気を誇っている。つまり、わかりやすく、おもしろく、身近な話題を題材に語れば、科学技術の知識も決して敬遠されるものではないことの一例と言えるであろう。 22 3.1.4 日米における差異――科学系博物館 科学技術情報の入手先を米国の傾向(「米国科学工学指標2000」)と比較すると、全く同じ設問形式というわけではないが、テレビと新聞が大きな比重を占める点は類似しているものの、2点で違いが見られる。それは、科学雑誌と科学系博物館の活用度である。 当研究所の「科学技術に関する意識調査」によれば、日本人で科学雑誌を「定期購読している」ないし「定期購読していないが、よく読む」人の割合は全体のわずか5%であるのに対し、米国では月に1冊以上の科学雑誌を読む人は22%である。また、我が国において過去1年間に1回以上自然史博物館に行った人は19%、科学技術博物館に行った人は12%、両者のうちいずれかに1回以上行ったことのある人は25%だった。これを回答者の学歴別に見ると、過去1年間に自然史博物館ないし科学技術博物館に少なくとも1回行ったことのある人の割合は、中卒者が15.8%、高卒者が24.2%、短大卒以上が36.2%だった(図15)。動物園と水族館も含めた科学系博物館を過去1年間に1回以上訪問した人は、全体の59%になる(中卒者は34%、高卒者は49%、短大卒以上は62%)。それに対して米国では、過去1年間に科学系博物館(動物園・水族館を含む)に1回以上行ったことのある人は全体の61%(平均訪問回数は2.2回)である(図16)。いずれの国においても、学歴が高いほど科学系博物館の訪問率は高い傾向が見られるが、短大卒以上の学歴を持つ日本人の訪問率と大卒の米国人のそれとの差は20%あまりとなっている。 15.824.236.201020304050607080901回以上0回1回2回3回4回5回以上過去1年間の訪問回数割合(%)中卒高卒短大卒以上全体 図15 過去1年間に自然史博物館・科学技術博物館を訪れた回数の学歴別割合 科学技術政策研究所が18歳以上の日本国民を対象に2001年に行った「科学技術に関する意識調査」より作成。1回以上の訪問経験者は全体の25%。 23 615959626160613763837958203040506070809019831985198819901992199519971999年割合(%)全体中卒高卒大卒大学院修了中卒全体高卒大卒大学院修了 図16 過去1年間に科学系博物館を1回以上訪れた米国人の学歴別割合 ここでいう科学系博物館とは、科学技術博物館、自然史博物館、動物園・水族館。 「米国科学工学指標2000」より 3.1.5 日米における差異――科学雑誌 科学雑誌の購読に関しては、2003年に当研究所が発表した「我が国の科学雑誌に関する調査」が、我が国における憂慮すべき事態を浮き彫りにしている。図17は、一般向け科学雑誌全体の発行部数の推移を、雑誌全体の発行部数との対比として示したものである。ここで言う「一般向け科学雑誌」とは、全国出版協会・出版科学研究所が発行する『出版指標年報』の分類において、「科学一般」、「数学・物理」、「生物・科学」、「天文・地学」と4区分されている一般向け科学雑誌すべてを合わせたものである(コンピュータ雑誌など、技術系の雑誌は含まれていない)。一般向け科学雑誌の発行部数が1981年から急激な増加に転じているのは、この年から82年にかけて、「COSMO」、「Newton」、「POPULAR SCIENCE」、「OMNI」、「UTAN」、「QUARK」など「科学一般」に区分される、ローマ字タイトルのビジュアルな科学雑誌が相次いで創刊したためである。しかしこの科学雑誌創刊ブームは83年後半から休刊フェイズ(相)へと転じ、科学雑誌発行部数も急勾配を描いて減少の一途をたどり、ついには発行部数が科学雑誌創刊ブーム以前を下回るまでに落ち込み、現在に至っている。 ただし、たとえば発行部数が公表されている「日経サイエンス」については、変わらずに順調な売り上げを堅持している(大沼ほか、2003)。 24 0500001000001500002000002500003000003500001970年1972年1974年1976年1978年1980年1982年1984年1986年1988年1990年1992年1994年1996年1998年2000年雑誌全体の推定発行部数(万部)020040060080010001200140016001800科学雑誌全体の推定発行部数(万部)雑誌全体一般向け科学雑誌全体 図17 雑誌全体と一般向け科学雑誌全体との年間推定発行部数の推移 大沼ほか(2003)より。 3.1.6 科学書 単行本・書籍を情報の入手先としてあげているのは、当研究所の意識調査では13%(図12参照)、総理府が1998年(平成10年)に行った「将来の科学技術に関する世論調査」ではわずか5.7%でしかない。毎日新聞社の「2003年版 読書世論調査」でも、書籍読書率は雑誌読書率67%を12%下回る55%だった。 ジャンル別読書傾向においても、毎日新聞社の「2003年版 読書世論調査」では自然科学書をよく読む人の割合は8%でしかない(図18)。読売新聞社が2001年10月に行った「読売全国世論調査」でも、ジャンル別で読みたい分野の本として「自然科学」書をあげた回答者の割合は9%(複数回答)、時事通信社が2002年1月に実施した「時事世論調査」で「読みたいと思っている本のジャンル」で「自然・科学」書をあげた回答者も9%(複数回答)だった。 図19は、2002年に出版された新刊書の点数と部数のジャンル別割合を示したものである。図18とはジャンル分けの項目に若干の異同があるものの、新刊部数(冊数)比からは、ほぼ似た傾向が読み取れる。自然科学及び工学・工業書の特徴は、発行点数は多いいものの、1点当たりの発行部数が少ないことであろう。 25 55788899101313152224262640051015202530354045その他写真集政治社会児童書・絵本自然科学・環境宗教・哲学・倫理外国の小説エッセー・詩・短歌・俳句経済・産業・マネー歴史・地理ノンフィクション無回答健康・医療・福祉暮らし・料理・育児日本の小説趣味・スポーツ(%)図18 ジャンル別読書傾向 「主に読む本のジャンルは」との設問に対する回答の内訳(複数回答)。横軸は回答数の割合(%)。毎日新聞社「2003年版 読書世論調査」より。 26 1.72.53.66.74.04.25.88.64.35.414.33.115.49.31.21.61.82.62.93.04.24.24.46.37.47.921.721.80510152025写真・工芸政治社会自然科学産業日本文学詩歌・評論随筆歴史・地理工学・工業哲学(宗教・哲学・倫理・心理ほか)児童書社会科学(経済・教育・法律・ほか)外国文学芸術・生活(趣味・スポーツ・育児・料理・コミックスほか)日本文学小説物語新刊部数比新刊点数比(%)図19 ジャンル別新刊書籍出版点数・部数の割合 2002年に出版された新刊書の点数と部数のジャンル別割合(%)。総出版点数は7万2055点、総出版部数は4億1706万冊。「出版指標年報」(2003)より。 以上の傾向からは、我が国では、科学技術情報の入手先として、テレビニュース及び新聞報道という、どちらかといえば時事的な一過性の媒体に頼っている人が多く、科学雑誌や科学書、科学系博物館等を活用している人は少ないという事実が読み取れる。 3.2 わかりやすい科学技術情報の発信 3.2.1 科学コミュニケーションの不調 前節で見てきたように、多くの人がわかりやすい科学技術情報を期待しているにもかかわらず、その要望が実現されていないのはなぜなのだろうか。この場合、わかりやすい情報の提供先として人々の念頭にあるのは、まずテレビニュースであり、ついで新聞報道で 27 ある(図12、13参照)。この2つのメディアが抱える共通の問題点は、放送時間、紙面スペースの関係で情報量が限られてしまうことであろう。そのせいで十分な説明ができず、「わかりやすさ」が実現できない場合が多々あると考えられる。 しかしそれよりも問題となるのは、ニュース原稿ないし記事を執筆した記者が、伝えるべき情報を正しく理解していない場合である。自分が理解していないことをわかりやすく伝えることなど、できるはずもない。政治・経済・社会などのニュースと比べると、科学技術ニュースではこのケースが発生しやすい。科学技術の専門化がますます加速しており、先端的な研究は専門家以外には理解しずらくなっているからである。ましてや、記者が得意とする専門分野と異なる場合や、そもそも科学技術には疎い記者が原稿を書く場合には、「わかりやすさ」を意識することで逆に誤解や曲解が生じやすくなる。では、そのようなねじれ現象を回避するにはどうすればよいのだろうか。 そうしたことが起こる大きな要因の1つとしては、研究者と記者とのコミュニケーションギャップが考えられる。研究者はマスメディアとの接し方を知らず、記者もまた研究の背景や先端的知識に欠けるせいで、必要な情報の取得がスムーズに行われないという状況が出現してしまうのではないか。 このような状況を打開する方法としては、さしあたって3つの方策が考えられる。すなわち、 1. 研究者のコミュニケーション能力を高める 2. 記者の科学知識全般を向上させる 3. 研究者とメディアとのコミュニケーションを媒介する専任スタッフ(広報)を充実させる そしてこの3つの方策に共通するのは、国民全体あるいは個々のコミュニティーの科学知識や科学に対する意識を高めるためのコミュニケーション、すなわち「科学コミュニケーション」の活性化であり、それを担う人材となる「科学コミュニケーター」の養成活用であろう。すなわち、研究者、記者、広報担当者等が、それぞれ高い科学コミュニケーション能力を身につけることが望まれる。しかし現在のわが国においては、そのようなことを実現させる方策はきわめて希薄であるといわざるをえない。そこで英米の先行事例について紹介する。 3.2.2 英国の取り組み (1)歴史的経緯 英国における科学コミュニケーションの伝統は、科学の振興と科学知識の共有を目的に1831年に設立された英国科学振興協会BA(British Association for the Advancement of Science)に遡る。当初の活動は、年1回の大会を各地で開催し研究者同士や他分野との交 28 流を図ることだった。その後、各分野の学会が設立されたことで年会などの活動は終了し、さまざまなかたちでの科学の普及活動に力が入れられてきた。 Briggs(2001)によれば、1985年以後の英国における科学コミュニケーション活動に重大な影響を与えた文書が3つあるという。 第1の文書は、王立学会(Royal Society)が1985年に公表したレポート「公衆の科学理解 The Public Understanding of Science」である。この報告をきっかけに、研究者と公衆との双方向的なコミュニケーションの重要性に目が向けられるようにり、王立学会、王立研究所(Royal Institution)、英国科学振興協会により、科学理解増進委員会COPUS(Committee on the Public Understanding of Science)が設立された。 第2の文書は、1993年に発表された科学技術白書 Realising Our Potential である。これにより、優秀な科学技術人材の確保と公衆の科学理解増進活動に対する政府援助が宣言され、研究会議が管理する研究資金からの、科学理解増進活動に対する資金援助が義務づけられた。また、科学技術庁が内閣府から貿易産業省へと移管され、科学技術庁OST(Office of Science and Technology)内に科学技術の公衆理解増進チームPUSET(Public Understanding of Science, Engeneering and Technology)――その後、科学技術への公衆関与チームPEST(Public Engeneering with Science and Technology)に改称――が設立され、理解増進活動への資金援助などを担当することとなった。 第3の文書は、英国上院の科学技術委員会が2000年に公表した報告書「科学と社会Science and Society」である。この報告書では、BSE(狂牛病)問題や最先端医療にまつわる問題が惹起した科学不信、政府不信を払拭すべく、研究者と公衆との双方向的なコミュニケーションの奨励が謳われた。そして同年には、科学技術庁とウェウルカムトラスト財団が、『科学と公衆 Science and the Public : A Rview of Science Communication and Public Attitudes to Science in Britain』という報告書を公表した。その中にある、科学コミュニケーションの定義を紹介しよう。 e 「科学コミュニケーション」という言葉は、次のグループ間のコミュニケーションを指している。すなわち、 ・科学コミュニティ(大学、研究所及び企業を含む)内のグループ間 ・科学コミュニティとメディア間 ・科学コミュニティと公衆間 ・科学コミュニティと政府あるいは権力や権威を備えた機関間 ・科学コミュニティと政府ないし政策に影響力を持つ機関間 ・企業と公衆間 ・メディア(博物館や科学センターを含む)と公衆間 ・政府と公衆間 のコミュニケーションである。 29 この報告書には、「高見から『人々に科学を教える』というトップダウンモデル(いわゆる『欠如モデル』)が正しくないことは科学コミュニケーターの間では一般的な合意事項ではあるが、このモデルに従って活動しているコミュニケーターも未だに多い」との記述もある。トップダウンモデルないし欠如モデルとは、科学技術に関する一般公衆の知識や理解は「空っぽのバケツのようなもので、PUS[科学技術理解増進]を高めるためには、そこに科学技術知識をどんどん注ぎ込んでいけばよい」(杉山、2002)とする考え方(モデル)である。しかしこのような認識に立った理解増進活動は効果を奏しないばかりか、科学技術研究に対する不信感すら生みかねないとの反省が生まれてきた。そうした見直しを踏まえた動きの1つが、上記の報告書「科学と社会」だったのだ。 (2)英国科学振興協会 こうした流れの中で、公衆に科学技術を理解させるという従来の観点は、双方向的なコミュニケーションを促進することで、公衆の科学意識(public awareness of science)そしてひいては科学リテラシーを高める一方で、研究者の社会リテラシーも高めるという方向へと移行してきた。そうした「科学コミュニケーション」促進の一翼を担っているのが、英国科学振興協会である。現在の会員はおよそ5000人、職員50人とボランティアで運営されている。政府と民間の医学財団であるウェルカムトラストから年間300万ポンドの支援を受けているが、慢性的な資金不足だという1。現在はナショナルトラストのビルに間借り中だが、英国科学館と共同使用するビルが2003年中に完成予定で、そこには講演会場も設置される。現在の最大の活動方針は、研究者に一般人の声を聞かせることだという。 大規模なイベントは、「秋のサイエンスフェスティバル」(毎年場所を変えて1カ所で会員による会合を開催)と「春のサイエンスウィーク」(各地で一般人を対象とした各種イベントを大々的に開催)の2回。そのほか、ポリシ-メーカー、研究者、市民団体(たとえばグリーンピースなど)等を一堂に会した討論会の開催。2年前のサイエンスフェスティバルから実施するようになったX-change(専門外の論者たちが1つのテーマについて、フランクに論じ合う)、パブを借り切り、ドリンクを飲みながら研究者や一般市民が話題のテーマを討論し合うサイバー SciBAr(サイエンスscienceと協会の略称BAとバーにひっかけた名称――草の根的に各地で開催し好評を得ている)などを実施している。 (3)研究会議 英国科学技術庁OST「科学技術への公衆関与チームPEST」ヘッドのバーバラ・ノールズ博士によれば、研究会議が提供する公的な研究資金を授与されている研究者がアウトリーチ活動を行うことは、強く奨励されている(義務ではない)ものの、その程度は、各研究 1 同協会の科学コミュニケーション・マネージャー、フィオナ・バーバゲロ氏に対する2003年3月6日のインタビューによる。 30 会議ごとに異なっているという2。7つの研究会議が、それぞれ科学コミュニケーションのトレーニングコースないしコース受講費用を提供しており。とくに若手研究者は積極的に参加していて、研究者の意識も徐々に変わりつつあるらしい。 たとえば英国バイオテクノロジー・生物科学研究会議BBSRCは、「BBSRCは、バイオテクノロジーと生物科学に対する公衆の意識、評価、理解を高める責務を負っている。われわれの目標は、公衆が科学の研究過程、研究結果、研究者そのものに触れる機会を多くすることで、科学に対する公衆の信頼を高め、科学技術をめぐって公衆と研究者が公の場で討論する機運を加速することである」とのポリシーを掲げている3。そして研究資金の受給者に対しては、「BBSRCの研究費を受給しているあなたは、公衆の科学理解を促進する活動に、最低でも年に1~2日は従事することが求められています」と呼びかける(BBSRCが作成した指針「一般市民とのコミュニケーション」の翻訳を巻末資料として収録した)。 個々の研究会議はそれぞれ研究資金受給者向けの科学コミュニケーション・トレーニングコースを提供している(独自のコースと民間会社が実施している既存のコースがある)。たとえばBBSRCが用意しているコースは、 1.公衆とのコミュニケーション(1日コース/グラント受給者対象):一般人に向かって科学を語る心得とノウハウの訓練。 2.メディアトレーニング(1日コース/グラント受給者対象):メディアとのつきあい方のノウハウを伝授。 3.しゃべり方(1日コース/大学院生対象) の3種類で、いずれのコースに参加する場合でも、参加費と旅費を支給している。 (4)科学コミュニケーター養成機関 科学コミュニケーターのプロの養成機関(いずれも基本的には期間1年の修士課程)としては、科学コミュニケーター養成大学院が4校、放送・出版関係のジャーナリスト養成コースが21校、通信制ないし定時制のコースが3校ある4。そのほかにも、科学技術社会論Science & Technology Studyのコースでも、科学コミュニケーター教育を行っているところがある。主要な4コースについて表1にまとめた。その中から2つのコースを紹介する。 (a)ロンドン大学インペリアルカレッジ 1つは、1991年に設立されたロンドン大学インペリアルカレッジの科学コミュニケーショングループ(全日制は1年、夜間コースは2年の修士課程)。学科長のニック・ラッセル博士によれば、設立のきっかけは1985年に王立学会が公表した報告書と、それに続く 2 2003年3月10日のインタビューによる。 3 BBSRCのウェブサイトhttp://www.bbsrc.ac.uk/ を参照。 4 英国サイエンスライター協会のウェブサイト http://www.absw.org.uk/ を参照。 31 COPUSの設立だったという5。 表1 英国の主な科学コミュニケーター養成コース 大学コース名 コースの種別・期間 種類と定員 講義内容 主な就職先 ロンドン大学 インペリアルカレッジ 科学コミュニケーション グループ 修士課程、全日制は1年、夜間コースは2年 科学コミュニケーションコース(40人)、科学メディア制作コース(10人)、技術翻訳コース(5人) セミナーがコアカリキュラム 主にマスメディア、翻訳会社、企業、国際機関 ロンドン大学 ユニヴァーシティカレッジ科学社会論学科 学部、修士課程(1年)、博士課程 科学社会論学科内に併設 セミナー、科学社会論・科学史関連の講義 マスメディアその他 バース大学 科学・文化・コミュニケーション・プログラム 修士課程(全日制は1年、夜間は2~4年) 科学コミュニケーション・メディア研究コース(12~15人) 科学一般と科学技術理解増進、コミュニケーション技術の習得 メディア、博物館、教育機関、企業 オープン・ ユニヴァーシティ (放送大学) 1998年創設の修士課程(3~7年) 科学(科学コミュニケーション、科学と社会) 科学コミュニケーション、科学社会論ほか、 7つのモジュールプログラムから選択 5 2003年3月6日のインタビューによる。 32 現在のコースは、科学コミュニケーションコース(40人:全日制は32人)、科学メディア制作コース(10人)、技術翻訳コース(5人)の3つである。設立後最初の5年間はウェルカムトラスト財団から毎年50万ポンドの寄付を受けていたが、その後はカレッジの通常予算で運営している。 最初の2年間は、「無知」な公衆を教育啓発するためのスキル開発に力点を置いていたため、科学コミュニケーションの専門家養成としては成功とは言えなかった。この欠陥(一般には「欠如モデル」と呼ばれる)の見直しを行った3年目は就職率も向上し、成功に転じた。ウェルカムトラスト財団の支援が打ち切られて以後は、自前(カレッジ)の資金による運営がスタートした。 現在、就職率は100%で、ほとんどがマスコミに職を得ている。難点は、授業料が高いこと(英国人とEU国民が2870ポンドおよそ100万円、外国人が8750ポンド)とロンドンの生活費が高いこと、奨学金枠が少ないことだという(ウェルカムトラスト財団が科学コミュニケーター養成大学院生向けの奨学金を授与しているが募集枠は少なく、現在の給付生は3~4人)。 授業内容は、さまざまな演習を行うコア授業を中心に、各コースの専門スキルを習得するための講義や実習が組まれている。また、科学技術研究では定評のあるインペリアルカレッジの特長を活かし、各研究室への接触や各種講義・講演会の聴講が奨励されている。 (b)ロンドン大学ユニヴァーシティカレッジ もう1つの例は、ロンドン大学ユニバーシティカレッジの科学技術社会論学科 Science & Technology Study。学科長で自身もサイエンスライターでもあるジョン・ターニー博士によれば、このコースはあくまでも科学社会論のコース(学部と修士)であり、ランキングでもインペリアルカレッジには劣るため、インペリアルカレッジの科学コミュニケーションコースほど就職率はよくないという6。コースの運営予算は、学部の授業なども分担しているため複雑だが、外部資金は得ていない。授業内容や学費等については、インペリアルカレッジとほぼ同じである。 ターニー博士によれば、英国の科学コミュニケーションは、1966年の2回目の狂牛病騒動(狂牛病が人間にも感染しうるとのレポートが発表された)以後、劇的な変化を遂げ、科学行政の透明性や研究者と公衆との双方向的なコミュニケーションが最重要視されるようになったという。 (5)その他 このほか英国には、英国サイエンスライター協会があり、種々のメディアのサイエンスライター、公衆の科学技術意識向上活動に携わる人、科学コミュニケーターを目指す学生 6 2003年3月11日のインタビューによる。 33 間の情報交換、交流、サービスの提供等を行っている。また、何度か名前を出した医学系の民間財団ウェルカムトラストが、先端医療研究に関わる広報活動、理解増進活動の支援や奨学金提供等に力を入れている。 王立研究所Royal Institutionは、マイケル・ファラディーのクリスマスレクチャーや金曜講話で有名な講堂において、各種講演会を行っている。たとえば2003年3月6日18時から『エコノミー』誌協賛で開催された討論会「DNAと社会」(パネリストは、サイエンスライター、科学コミュニケーション研究者、生化学者等4人)では、伝統ある講堂で、パネリストと一般市民がフランクに議論を交わしていた。討論会に先立ち、チャールズ・ダーウィン最後の著書『ミミズと土』の初版本なども無造作に置かれてある書棚が並ぶ図書室でドリンクが供されるなど、まさに文化的サロンと呼ぶにふさわしい雰囲気である。 3.2.3 米国の取り組み (1)科学コミュニケーター養成機関 ウィスコンシン大学のジャーナリズム・マスコミュニケーション大学院が1999年に作成したリストによれば、科学ジャーナリスト、サイエンスライターなどの科学コミュニケーター養成コース(学部ないし大学院)は、全米の45大学が設置している。しかもその半数以上が修士課程の大学院を設けており、14校は博士課程も併設している(専門はジャーナリズムないしコミュニケーション)。そのうちから主なものを、表2にまとめた。 (a)カリフォルニア大学サンタクルス校 カリフォルニア大学サンタクルス校科学コミュニケーションプログラム(期間1年の修士課程で、サイエンスライティング・コースとサイエンスイラストレーション・コースがある)7のジョン・ウィルクス教授によれば、このような状況を招来したのは、1979年に勃発したスリーマイル島原発の事故がきっかけだったという(Wilkes, 2002)。事故現場に駆けつけたマスメディアが、専門知識のないまま、てんでにあやふやな情報を流し続けたことの反省から、科学リテラシーを備えたジャーナリストの養成に対する要求が高まったというのだ。 ただしウィルクス教授は、「科学ジャーナリズムの世界で成功するのは、科学者の世界で成功することよりも難しい!」とも警告している。 (b)ボストン大学 ジャーナリスト養成教育では長い伝統を誇るボストン大学大学院ジャーナリズム学科には、科学・医学ジャーナリズムコースが設けられている。教官の構成は、2人の専任準教授(エレン・ラペル・シェル――公衆衛生・環境問題を得意とするサイエンスライターで、『肥満遺伝子と過食社会』等の著書がある;ダグラス・スター――医学分野を得意とするサイエンスライターで『血液の物語』等の著書がある)と、ジャーナリストの客員教官2 7 http://scicom.ucsc.edu/MoreInfo.html 34 ~3人である。1年半(3学期)のコースで、定員は15~20人、講義は各学期2~3科目のコア授業(実践的・演習的な内容)と1~2科目の選択(マサチューセッツ工科大学、ハーヴァード大学での履修も可)である。両準教授によれば、学生の出身学部は理科系のあらゆる分野のほか文科系学部出身者、社会人入学者もいるという8。同大学にはコミュニケーション学部があり、各種メディア関連の教育も受けられる。卒業生は全米のさまざまなメディアのほか、大学の広報部などでも活躍中である。 同コースに併設されている科学ジャーナリズム・ナイトセンターは、2000年にナイト財団の支援により開設されたもので、やはり両準教授がディレクターを兼務し、大学院教育支援のほか、国際交流、国際会議の企画運営などを行っている。 (c)マサチューセッツ工科大学 マサチューセッツ工科大学大学院サイエンスライティング・プログラムは、一般向けの雑誌、新聞、啓蒙書、博物館の解説、テレビ・ラジオ番組等のために、科学技術に関する一般向けの記事・解説・脚本などを書くサイエンスライターを養成するための大学院として、2002年9月に開設された。秋学期と春学期の1年間 (夏にはインターンシップもある)の修士課程である(初年度の学生数は6人)。 このコースの母体は、理系学生の文学リテラシーとコミュニケーション能力を養うために設けられている全学部生必修のProgram in Writing and Humanistic Studiesである。6人の教授陣は、サイエンスライティング、科学ジャーナリズム、科学史等の各分野で名をなしている錚々たる顔ぶれで構成されている。 (ロバート・カニゲル教授――広い分野をカバーするノンフィクションライターで『無限の天才』等の著書がある;アラン・ライトマン教授――宇宙物理学者のサイエンスライターで、『アインシュタインの夢』『宇宙と踊る』『診断』等の著書がある;Jジェイムズ・パラディス教授――著名な科学史家;ケネス・マニング教授――著名な科学史家;B. D. コーレン教授――ピュリッツァー賞受賞の科学ジャーナリスト;ボイス・レンズバーガー教授――元ニューヨークタイムズの科学ジャーナリストで、『生命とは何か』等の著書がある。) 授業は、1回2時間週3回のコアカリキュラム(セミナー)が中心で、学内の研究室での研修のほか、他学部講義の履修もある。 学科長であるサイエンスライターのカニゲル 教授によれば、同プログラムの強みは、同大学のあらゆる施設、人材にアクセスできることであるという9。また、「サイエンスライティングは、専門家相手のテクニカルレポートでは断じてなく、科学のおもしろさ、科学者の喜びや苦労を広く伝えることが本分である。その意味でも、サイエンスライターは、必ずしも理科系出身者である必要はない」という。 8 2003年9月25日のインタビューによる。 9 2002年9月25日のインタビューによる。 35 表2 米国の主な科学コミュニケーター養成コース 大学コース名 コースの種別・期間 種類と定員 講義内容 主な就職先 カリフォルニア大学サンタクルス校 科学コミュニケーションコース 修士課程(1年) サイエンスライティング・コース、サイエンスイラストレーション・コース、各10名 ライティング・コースは、執筆、編集、ワークショップが軸。イラストレーション・コースは実技主体 マスメディア、 プログラム・マネージャー、 学芸員、博物館等の美術担当他 ボストン大学 科学・医学ジャーナリズムコース 修士課程(1年半) 科学・医学ジャーナリズム・コース、15~20名 演習と講義 メディア、 大学広報部他 ジョンズホプキンス大学ライティング・セミナーズ 修士課程(1年) サイエンスライティング・プログラム、5名 セミナー中心 メディア、 博物館、広報部 ニューヨーク大学 ジャーナリズム・マスコミュニケーション学部 修士(1年) 科学・環境報道コース、12~15名 セミナーと講義 メディア マサチューセッツ工科大学サイエンスライティング・プログラム 修士(1年) サイエンスライティング・プログラム、5名 セミナー、他学部の講義 2002年秋創設 36 (d)科学ジャーナリスト・フェローシップ マサチューセッツ工科大学には、伝統あるナイト科学ジャーナリズム・フェローシップ制度がある。これは、ナイト財団(以前はブッシュ財団)の支援により、10人前後の現役科学ジャーナリストを9カ月間滞在させて自由に勉強させる制度であり、義務は週2回のセミナー参加のみで4万5000ドルの奨学金が付与される。 (2)大学広報室 そうした科学コミュニケーター養成コース修了者の多くは、各種マスメディアのほか、大学・研究機関の広報部等に職を得ている。 マサチューセッツ工科大学広報室は、2002年9月の時点で、広報担当職員、サイエンスライター、ウェブページ担当者等のほか、事務職員及び写真家も含めて総勢12人で構成されている。科学技術ニュース・アシスタントディレクターのエリザベス・A・トムソン氏によれば、広報室の仕事は、学内研究者の仕事を世間にアピールして啓蒙を図ること、研究者にメディアとの対応に関する助言をすること、メディアの取材の窓口になること、学内紙MIT TECH TALKやホームページを通じて記事を配信すること等であるという10。専門分野別の担当者は、それぞれ最新研究成果のプレスリリースを担当し、サイエンスライターは分野にこだわらずに学内を取材し、ニュースになりそうな話題を集め、それを記事にしている。 研究者は概してシャイであり、ジャーナリストとの接触を嫌う傾向がある。それをなだめすかし、わかりやすい情報を引き出すのが、広報担当者の仕事だとトムソン氏は語っている。メディアのインタビューを受ける際には、「あなたのおばあちゃんに説明するつもりで話すことと」と助言しており、広報担当者としてやりがいを感じる瞬間は、自分が配信したニュースが翌日には世界中の新聞などで記事にされているのを目にしたときだという。取材メディアに提供するビデオテープの制作も行っており、特に、多忙を極める人工知能研究所所長ロドニー・ブルックス教授とそのロボット、コグCogのビデオは大好評だという話だった。(後述の団体、全米サイエンスライター協会がウェブサイト上で公開している「科学ニュースを伝える――広報担当者、科学者、医学研究者のための手引き」を巻末参考資料として訳出掲載した) (3)民間財団 前述のように、ボストン大学とマサチューセッツ工科大学における科学ジャーナリストの養成にあたっては、ナイト財団が大きな役割を果たしている。そのほか、科学技術理解増進活動を支援している財団がある。 ニューヨークのロックフェラービルに事務所を構えるスローン財団は、元ゼネラルモータース会長アルフレッド・P・スローン氏により、科学技術の振興・普及を目的として1934年に設立された財団で、現在の資産は13億ドル、2001年度の支援額は6084万2714ドル 10 2002年9月22日のインタビューによる。 37 である。教育、研究のための奨学金、資金援助のほか、科学技術理解増進活動に力を入れている点に特色がある。 同財団科学技術理解増進部門のプログラムディレクター、ドロン・ウェバー氏によれば、科学技術理解増進に力を入れているのは、科学技術こそが国の礎であり、国際競争力を高める源だからだという11。理解増進活動では、出版よりもテレビ、映画、芝居(物理学者ファインマン氏が主役のドラマ等)の援助に力を入れている。「科学技術に対する人々の意識を変えるには、長い時間と忍耐が肝要であり、科学や科学者に対する良いイメージを植え付けるには、この分野のメディアの影響力が大きいので、文科と理科という2つの文化のギャップを埋めることに努力を傾注している。」 出版の支援では、目をつけたテーマに合う作家に話を持ちかけ、取材費・生活費(2001年度は1人当たり1万5000~14万4000ドル)の支援をしている。科学史、技術史の出版事業も支援しており、ガリレオ、ダーウィン、アインシュタインは特に重要視しているという。ケンブリッジ大学出版局の『ダーウィン書簡集』、リチャード・ローズ著『原爆の誕生』『原爆から水爆へ』、リチャード・プレストン著『ホット・ゾーン』『冷蔵庫の中の悪魔』、デーヴァ・ソベル著『ガリレオの娘』等の出版支援はその一端である。 自身も作家であるウェバー氏は、かつてはロックフェラー大学で広報の仕事をしていた。「広報は、大統領にもスピーチライターがいるように、きわめて重要な仕事であり、戦略的な取り組みが必要である。大学も、PRが大切」と語る。科学技術理解増進部門の担当者はウェバー氏1人のみで、財団から支給されているクレジットカード1枚を手に、どこにでも出かけ、支援先はすべて自分の裁量で決定する権限を与えられているが、専任の秘書はいない。 氏によれば、「アメリカ人は、言われているほど馬鹿ではないと思う。熱狂的な野球ファンは、打率や防御率などのデータに精通していたりする。何事も、まず興味をわかせることが必要であろう」という。 (4)米国サイエンスライター協会 アメリカには、全米サイエンスライター協会と、それを支援する全米サイエンスライティング振興協議会という全国規模の団体が存在する。前者は1934年に創立した団体で、会員相互の情報交換、求人案内、データベースの利用、年会の開催、顕彰制度、フェローシップの斡旋などのサービスを行っている。正会員は2500人前後で、そのうちの6割近くがいわゆる「ジャーナリスト」、残りの4割ほどが広報担当者で、全体の3分の1はフリーランスだという12 。 11 2002年10月1日のインタビューによる。 12 同会専務理事Diane McGurgan氏からの私信。 38 3.2.3 日本の現状と課題 (1)大学 日本には、科学ジャーナリズムという名称を冠した授業を開講している大学が、鹿児島大学理学部、九州女子大学文学部、国際基督教大学、静岡大学教育学部、東京電気大学、東京理科大学理学部、北海道大学教育学部など、わずかながら存在する(牧野、2002)。あるいは、新聞学科、コミュニケーション学科なども少なからずある(表3を参照)。しかし、科学に特化したジャーナリストやコミュニケーター、メディエーター等を養成している大学ならびに大学院は存在しない。 そうした状況の中にあって、日本科学技術ジャーナリスト会議が2002年から「科学ジャーナリスト塾」を開催している。同事務局によれば、初年度は40人の定員に対して46人、今年度は60人の応募があり、48人に絞らざるをえなかったほどの盛況だという。 それにしても、大学でその種の実践的な教育が行われていないのはなぜなのだろうか。 表3 ジャーナリズム、マスメディア、コミュニケーション関連学科のある主な大学 新聞・ジャーナリズム 関係学科 広報・メディア関係学科 コミュニケーション関係学科 上智大学文学部 新聞学科 成城大学文芸学部 マスコミュニケーション学科 学習院女子大学 国際文化交流学部 国際コミュニケーション学科 東京大学 社会情報研究所 (旧・新聞研究所) 東海大学文学部 広報メディア学科 川村学園女子大学教育学部 情報コミュニケーション学科 日本大学法学部 新聞学科 東洋大学社会学部 メディア コミュニケーション学科 神戸大学国際文化学部 コミュニケーション学科 目白大学人文学部 言語文化学科 ジャーナリズムコース 文教大学情報学部 広報学科 東京経済大学 コミュニケーション学部 コミュニケーション学科 法政大学社会学部 メディア社会学科 東京女子大学現代文科学部 コミュニケーション学科 東京工科大学 メディア学部 東洋学園大学人文学部 コミュニケーション学科 武蔵大学社会学部 メディア社会学科 江戸川大学社会学部 マス・コミュニケーション学科 39 (2)入社前教育不要論 その理由は、特殊な放送技術者を別にすれば、我が国のマスメディアは採用後の職場での訓練(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)を最重要視していることにある。それはたとえば、「ひと言でいえば、何も知らずに白紙で入ってきたほうがいい、生半可な知識はかえってじゃまになるだけだ、という考え方である。・・・・・・この空気は・・・・・・どの新聞社、どの放送局でもほとんど変わらないといっていい」(柴田、2003)との証言もある。これでは、たとえ専門教育を施したとしても、就職先がない。 こうした状況を打開するためには、まず科学コミュニケーターの重要性を認識することから始めねばならない。ここで言う「科学コミュニケーター」とは、広い意味で「科学技術の専門家と一般公衆との溝を埋める役割を果たす人」であり、たとえば以下のような人たちを念頭に置いている。 ○ 大学・研究機関・企業・団体の科学技術広報担当者 ○ 新聞・雑誌・テレビ・ラジオ等の科学記者 ○ テレビ・ラジオの科学番組制作者 ○ 科学書・科学雑誌の編集者 ○ 科学書・科学記事を執筆するサイエンスライター(専業) ○ 科学書・科学記事の執筆や講演をする科学技術研究者兼サイエンスライター ○ 科学系博物館関係者(いわゆるインタープリターを含む) ○ 理科・科学等の教師 ○ 科学技術理解増進活動のボランティア (3)サイエンスライターとは何者か 上記の区分では、啓蒙的な文章を執筆する科学技術者もサイエンスライターと呼んでいる。もっと広い意味では、たとえば広報用の記事や原稿を準備する担当者や科学番組の台本を制作する作家、そして科学記者も含めて、サイエンスライターと呼んでいいかもしれない。 ところが従来我が国においては、サイエンスライターといえば、研究者でも科学技術記者でもない、主に雑誌に科学解説記事を書くフリーランスのライターという認識が強い。まずこうした認識から突き崩していくべきかもしれない。 たとえば前述の全米サイエンスライティング振興協議会CASWは、そのウェブページで、サイエンスライター志望者へのガイドCareers in Science Witingを公開しており、そこでは、サイエンスライターを以下のように定義している。 r 13 13 http://nasw.org/users/casw/ 40 サイエンスライターには、科学ジャーナリストと科学広報担当者という2つの基本的なタイプがいる。 科学ジャーナリストの活動の場は、新聞社、通信社、雑誌社、単行本出版社、ラジオ局、テレビ局、インターネットニュースサービスなどであろうか。・・・・・・ 科学ジャーナリストの多くは一般人を対象に活動しているが、科学者や医師、技術者など専門家を対象に活動している場合も多い。また、科学ジャーナリストの多くは活動の場としている団体の専従スタッフだったりするが、記事や著書の原稿料や印税で生活しているフリーランスも多い。・・・・・・科学ジャーナリストは、技術ライターとは異なる。ここで言う技術ライターとは、製品の取扱説明書や業界誌などに新技術レポートなどを書くライターのことである。 科学広報担当者とは、大学、民間研究財団、政府組織、研究所、科学系博物館、ハイテク会社、科学ないし医学関連のNPOなどに所属するライターである。科学広報担当者の主な仕事には、所属する研究機関で行われている研究成果を説明するための資料やニュースリリースの準備、研究成果に関する記事を準備している科学ジャーナリストへの対応支援などが含まれる。ただし、インターネットが爆発的な勢いで発達したため、科学広報担当者の仕事としては、所属研究機関で行われている研究に関する情報を公衆に直接送り届けるための素材を準備する仕事が増えている。・・・・・・ サイエンスライターのなかには、実際の研究者もいる。一般向けの記事やコラム、科学啓蒙書などを通じて自分の研究分野を公衆に伝えることで自らの研究を補完しているような人がそれにあたる。(CASW, Careers in Science Writing より) そしてサイエンスライターの重要性については、次のように述べている。 サイエンスライターの仕事が重要なのは、科学者と公衆との太い繋ぎ役としての役割を依然として担っているからである。サイエンスライターはその報道によって、科学の注目すべき成果に関するニュースを躍動的に伝えられるだけでなく、たとえば倫理や政策上の疑問などを含む科学の領域をめぐる公開論争に資する重大な問題を公衆に知らせることもできる。あるいは、地震や原油漏出など衝撃的なニュースの科学的背景を提供し、医学的な危険や環境に及ぼす危険を公衆に警告することも、サイエンスライターが果たしうる役割である。(CASW, Careers in Science Witing より) r では、サイエンスライターに求められる資質はどのようなものなのであろうか。 有望なサイエンスライターに求められる最も重要な資質は、科学への興味と、読者の興味を喚起しつつ明晰かつ正確な文章を書ける能力である。サイエンスライターはまた、仕事を続けるからには学び続ける意欲の持ち主でなければならない。他のジャ 41 ーナリズムの多くの分野とは違い、科学の分野では新しい話題が登場するたびに、新しい概念や用語を学ばなければならなかったりするからである。また、他の分野のジャーナリストや広報担当者の場合もそうだが、サイエンスライターも、話をうまく伝えるために、文章やグラフ、ビデオ、オーディオなどマルチメディアを駆使するこつを学ぶ必要がますます増えている。 サイエンスライターとして成功している人が大学で学んだ専門は、科学だったりジャーナリズムだったりするが、いずれにしてももう一方の知識や技量も補うことで、成功を勝ち取っている。たとえば、科学が専門だった人は、話題を論じ続けるために必要な叙述能力と文章作法を学ばなければならないし、ジャーナリズムが専門だった人は、科学的な概念、用語、科学の方法などを理解しなければならない。(CASW, Careers in Science Writing より) そのように専門的な技量を備えるためにはどうすればよいのか。 まず、大卒であること。専攻が科学かジャーナリズムかは関係ない。サイエンスライターとして成功することを目指すなら、ジャーナリズム専攻の学生は科学概論の講義を、科学専攻の学生ならジャーナリズムの講義を履修することを考えるべきである。そのほか、サイエンスライティングに特化したコースを設けている大学も多い。ここでも注意すべきは、一般人向けのサイエンスライティングは、研究者・技術者向けの文章作法とは異なるということである。大学のサイエンスライティング・コースは、特にことわっていないかぎり、前者である。 自分がサイエンスライターに向いているかどうかを知るためには、在学中の大学の新聞や雑誌に科学に関する記事を書いてみることを勧める。あるいは、大学の広報室では、学部生をサイエンスライターの研修生インターンとして受け入れているところが多い。地元の新聞が、学生をフリーの「通信員」として雇っている場合もある。・・・・・・ すでに大学を卒業している人には、たくさんあるサイエンスライター養成大学院に入学して専門の訓練を積むという手もある。 サイエンスライターの道に進むためには、どういう大学教育を受けたかとは関係なく、とにかく新聞や、『サイエンティフィック・アメリカン』『サイエンス』『ディスカヴァー』『ポピュラー・サイエンス』『サイエンス・ニュース』といった科学雑誌に載っている記事を手当たりしだいに読むことである。(CASW, Careers in Science Witing より) r つまり、サイエンスライターとは、新聞社の科学記者だけを指す言葉ではない。またその適性としては、英国の作家にして科学行政官C・P・スノー(スノー、1967)が文系と理系という2つの文化の間に横たわると指摘した深い溝の架け橋となりうる素養が期待さ 42 れている。そのような適性は、サイエンスライターのみならず、科学系博物館の展示企画担当者、解説員・指導員(インタープリタ)などにも望まれるものであろう。しかるに我が国では、「サイエンスライター」という職種の重要性が認識されていないばかりか、専門的技量を備えたそのような人材を活用する受け皿も乏しいというのが現状である。 3.2.4 人材養成システムとその受け皿の必要性 科学コミュニケーションを活性化し、国民の科学技術意識を高めるためには、そのような専門的な人材を養成するシステムが、我が国にもぜひとも必要であろう。そのためには、専門性の高さと修学年限や取得単位数などに融通がきく専門職大学院が最適であろう。また教官の構成は、豊富な実践経験のあるサイエンスライター、科学コミュニケーターを中心に、多様な講師陣を擁することが望ましい。問題は、養成した科学コミュニケーターの活躍の場がどこにあるかである。 (1)マスメディア 第1の候補はマスメディアではあるが、そのためにはまず、職員の採用基準をめぐる前述のようなマスメディア側のポリシー(入社前教育不要論)が変わる必要がある。あるいはフリーランスのサイエンスライターという職業のニッチが広がるためには、科学書・科学雑誌出版の興隆が望まれるわけだが、これはニワトリと卵の関係にあたる。しかし膠着状態を打破するためには、良質な科学書や科学雑誌出版に対する何らかの支援策が必要であろう。 我が国には、科学技術者の研究成果や研究に対しては高額な賞金や研究資金を拠出している民間財団は多いが、米国のスローン財団のように、一般向け科学書の出版助成を行っている財団はほとんどない。あるいはナイト財団のように、科学ジャーナリストの養成を支援している財団に至っては皆無である。税制の改正も含めて、大いに検討が必要な課題である。 (2)大学・研究機関 第2の候補は、米国では大手受け入れ先である大学・研究機関の広報部である。我が国の当該機関は、一部の研究機関における先駆的な試みを別にすれば、専任の科学広報担当者を置いているところはほとんどないというのが現状である。国立大学・研究機関の独立法人化が実施され、公的資金による科学技術研究の透明性と公開の促進が求められる中で、今後、積極的な取り組みが求められる。 (3)科学系博物館 第3の候補は、科学系博物館等の教育施設である。科学技術政策研究所が2001年に実施した調査(渡辺ほか、2002)によれば、我が国の科学系博物館等の科学技術理解増進担当 43 職員のおよそ半数は、学校・教育委員会及び県市町村からの出向者で支えられている。この場合の問題点は、仕事に習熟するには3年はかかるにもかかわらず、出向期間は平均3年ほどであることである。つまり、経験を積んだ担当者が慢性的に不足気味という事態を招来しているわけである。科学技術意識の高い人々の裾野を広げるには、重要な科学コミュニケーションを担う地域の科学系博物館等における専任職員の充実が望まれる所以である。 3.2.5 科学コミュニケーション活動の活性化 有能な人材が参入することで、科学コミュニケーション活動はまちがいなく活性化するはずである。たとえば科学系博物館の活動内容についても、工夫の余地はまだまだある。ここではソフトウェア面の開発とハードウェア面の開発、それと地域性の活用について考えてみよう。 (1)新しいソフトウェアの開発 たとえば、ボストン科学博物館におけるCurrent Science & Technology Center(CS&T)の活動は注目に値する。14ここでは、「科学博物館とメディアを通じて最新の研究に触れさせる」目的で、毎日、趣向を凝らしたライブショーを展開している。その内容は、NIH(米国保健研究所)、NASA、ハーヴァード大学の各種研究所、テレビ局等との連携により、最新ニュースの紹介解説(たとえば、「東アフリカで最古のホモ・サピエンス化石発見!」――『ネイチャー』誌との提携による)、研究者によるミニ講演、学校教師をまじえての討論会(話題は先端医療技術など)、教師の講習会、最新の話題を題材にした寸劇等と、じつに多岐に渡っている。研究者を講師役として招く場合は、事前に入念な打ち合わせを行い、スライド、原稿、講演方法などへの助言・助力を惜しまない。一方、スタッフの側も、コミュニケーション、プレゼンテーション能力をよりいっそう高めるために、週1回の勉強会を行っているという。 科学系博物館に1人でも多くの大人を呼び寄せるためには、そうした斬新な企画を実施するほかに、開館時間の延長、気楽に憩えるカフェの開設、場合によっては都心にサテライト館を設営して大人向けの企画を実施するなどの工夫も有効と考えられる。 (2)ハードウェアの開発 人々の関心を高めるには、企画内容や指導員の能力向上だけでなく、新しいハードウェアの開発も有効なはずである。 たとえば、大平貴之氏による小型超高解像度プラネタリウム・メガスターの開発(大平、2003)は画期的なものであろう。従来は大型でしかも効果だったプラネタリウム投影機が、 14 2003年7月11、18日に東京で開かれた「第3回日米科学技術理解増進専門家会合」における同センターのマネージャーCarol Lynn Alpert氏の講演発表による。 44 持ち運びできる大きさと重量で、しかも投影できる星の数が、従来の装置の100倍から1000倍にも増えたのだ。これは、その開発製造をたった1人で実行したということを別にしても、驚異の発明と言える。 現在、千葉県立中央博物館生態学研究科においては、人間音声の認識技術を応用した野生生物情報認識システムを携帯情報端末(PDA)に搭載した「野鳥音声識別装置」の開発が行われている。15 これは、子供たちにゲーム感覚でバードウォッチングの楽しさを覚えてもらうと同時に、定点観測による環境モニター(鳴き声を発する動物、環境音の継時的なモニタリング)にも応用可能な技術である。 このように、子供だけでなく大人もいっしょになって、ゲーム感覚で楽しめるハードウェアを工夫する余地はまだまだある。そのためには、科学コミュニケーション活動への多様な人材の参入が大いに望まれる。 (3)地域性の活用 科学系博物館の活動方針としては、地域に特化したやり方なども考慮すべきである。 たとえば石川県加賀市にある「中谷宇吉郎 雪の科学館」は、雪と氷河の研究で有名な地元出身の科学者(名随筆家でもある)中谷宇吉郎の業績を紹介すると共に、雪と氷の科学に関する興味を喚起する目的で設立された。年間入場者数は3万人強、友の会会員は400人あまり(市外の宇吉郎ファンが半数を占める)、職員数は5名足らずの小規模な科学館だが、郷土の偉人中谷宇吉郎を介した科学に対する市民の関心度・理解度は、確実に増しているという。16 また、2002年にノーベル化学賞を受賞した田中耕一氏の出身地にある富山市科学文化センターでは、2003年3月16日からプラネタリウムにおいて「田中耕一さんとノーベル賞物語」を上映したところ、単純比較で、昨年の同時期よりも入場者数が3割増になったという。同館の布村昇館長によれば、「田中耕一さん効果は、行政及び県民の意識を変えつつある点で大きい。以前は、実学のみを重んじる県民性だったが、基礎科学に対する認識も深まりつつある」という。17 3.2.6 誰が何をすべきか 科学技術研究者と公衆、メディア、政策担当者等とのコミュニケーションにおいても、我が国の取り組みは遅れている。 図19と図20は、2000年6月に科学技術庁科学技術政策局が実施した「我が国の研究活動の実態に関する調査報告」と2001年12月に科学技術政策研究所が実施した「科学技術に関する意識調査」の結果から作成したものである(大沼ほか、2003)。 15 2003年9月26日の同博物館生態学科、大庭照代科長へのインタビューによる。 16 2003年3月31日の神田健三館長に対するインタビューによる。 17 2003年4月1日の布村昇館長に対するインタビューによる。 45 図19の縦軸は、「理解増進を図る上で誰が努力すべきか」を示した項目で、たとえば「研究者」が努力すべきだと考える一般国民は37.9%いることがわかる。 図20の縦軸は、「理解増進を図る上で必要な取り組み」を示した項目で、53.6%の研究者が「教育制度改善」が必要だと考えていることがわかる。 この図19と図20から、大沼ほか(2003)は以下の3つの傾向を読み取っている。 1. 一般国民と比較して研究者は、努力すべき層は「マスコミ」であり、「マスコミの情報伝達」、「インタプリタ機関の充実」、「研究者自身がインタプリタとなる」などの取組みが必要で、科学技術に関する情報伝達の改善が重要であると考えている。 2. 研究者と比較すると一般国民は、努力すべきは「一般国民」自身であり、取組みとしては「国民参加型イベントの充実」が必要であり、国民自身の努力と取組みも必要であると考えている割合が高い。 3. 研究者、一般国民双方が指示する傾向の高いものとしては、努力すべき層は「行政担当者」と「研究者」であり、「マスコミの情報伝達」の改善と「教育制度の改善」が必要であると考えている。 39.048.840.037.712.61.137.929.042.734.127.07.60102030405060研究者マスコミ行政担当者教育関係者一般国民わからない割合(%)研究者一般国民 図19 国民の科学技術理解増進に努力すべき層に関する研究者と一般国民の意識 「国民の科学技術理解増進を推進するにあたっては誰(縦軸の項目)が努力すべきか」に対する研究者と一般国民の意識の比較を示してある。大沼ほか(2003)より。 46 53.657.232.839.022.018.532.844.854.418.524.425.335.427.1010203040506070教育制度等改善マスコミ情報伝達インタプリタ機関充実研究者インタプリタ体験型施設充実国民参加型イベント充実ニューメディア広報活動割合(%)研究者一般国民 図20 国民の科学技術理解増進に必要な取り組みに関する研究者と一般国民の意識 「国民の理解増進を推進するために必要な取り組みは何か(縦軸)」に対する研究者と一般国民の意識の比較を示してある。大沼ほか(2003)より。 つまり、研究者は「マスコミ」「インタープリタ機関」「研究者」自身のコミュニケーション能力の向上が必要であると考えていることになる(上記項目の1)。また、一般国民は、自分たち「一般国民」のさらなる努力が必要であり、「国民参加型イベント」への参加も必要であると考えている(上記項目の2)。そして研究者と一般国民双方の多くが、「行政」「研究者」「マスコミ」「教育制度」に改善ないし努力の余地ありと考えているわけである(上記項目の3)。 以上を要約すれば、研究者、一般国民を問わず、多くの人々が科学コミュニケーションの活性化が必要と考えていると言ってよいだろう。そのためには各人の科学コミュニケーション能力の向上を実現するほかない。 3.2.7 研究者の努力 文部科学省科学技術・学術政策局は、2003年1月に、大学、公的研究機関、民間企業を問わず、科学技術論文を執筆している2000人を対象に、その研究実態と意識に関する調査を実施した(文部科学省「我が国の研究活動の実態に関する調査報告(平成14年度)」)。その質問項目の中には、研究者が実践している科学技術理解増進活動に関する質問もある(図21)。 47 図21で科学技術理解増進活動を心がけていると答えた研究者は、全体の39.2%(73.1%のうちの53.6%)すなわち半数近くに達している。このような意欲を有効に活かすためには、公衆やメディア、あるいは行政当局等とのコミュニケーション能力を向上させる機会や、科学コミュニケーションを取り持つ場の設定が必要であろう。それに関しては、コミュニケーション能力向上の機会を提供している英国科学技術会議の取り組み、異種グループ間でのコミュニケーションの場を提供している英国科学振興協会やボストン科学館等の取り組みが参考となるかもしれない。また、研究者自身による啓蒙書や雑誌記事の執筆が及ぼす効果を高めるためには、高い科学コミュニケーション能力を備えた編集者の養成確保、出版助成などの措置も必要であると考えられる。 現在、米国科学財団NSFでは、科学理解増進PUSとあわせて科学研究理解増進PUR (Public Understanding of Research)に力を入れている。NSFのPUR上級顧問ハイマン・フィールド氏によれば、NSFでは3~4年前からPUSとの区分が行われているという。PUSとの大きな相違点は、PUSがすでに確立された(過去の)科学技術知識に関する理解増進を図るのに対し、PURは現在進行形の研究開発に関する理解増進を図ることにある。18 ここで重要なのは、単に研究者の素顔やその研究を身近に知る機会を増すことだけではなく、最新の研究に関連した倫理的、社会的、政策的な問題をめぐる議論に公衆を積極的に参加させるという視点を併せ持つことである。ただしNSFにおいても、そうした活動に関しては歴史も浅いため、方法論に関して未だ試行錯誤の段階であるという。 18 「第3回日米科学技術理解増進専門家会合」におけるフィールド氏の講演より。 48 0.35.13.437.553.60102030405060無回答その他研究者は研究活動に専念するべきであり、自分の研究が実社会に貢献することを一般の人々に伝えることは、研究者の仕事とは思わないし、そのための努力もしていない。一般の人々にも自分の研究が実社会に貢献することを伝えるように努力したいとは思うが、時間がないなどの理由により実際にはなかなかできないでいる。機会あるごとに一般の人々をも対象として自分の研究がいかに実社会に貢献するのかについて話をする、原稿を書くなどしている。割合(%)図21 研究者が実践している科学技術理解増進への努力 研究者2000人へのアンケート調査結果(有効回答率67.8%)。「自分の研究は実社会に貢献すると思うし、そのことは一般の人々にもわかってもらえるものだと思う」と答えた991名(有効回答者の73.1%)に対して、「一般の人々に自分の研究が実社会に貢献すると言うことをわかってもらうために、何らかの努力をしていますか」という質問に対する回答。文部科学省科学技術・学術政策局「我が国の研究活動の実態に関する調査報告(平成14年度)」より。 先端生命科学技術に関する一般国民の意識を調べた調査(図22)を見ると、「今後の進め方には厳しい規制が必要である」(64.2%)、「ルールを破る研究者が現れる危険がある」(62.5%)、「人間の生命が操作される危険がある」(61.1%)、「倫理的に様々な問題が生じる」(56.3%)などといった否定的な意見への賛同(「全くそう思う」)が多いことから、急速に進展しつつあるこの分野と研究者に対する危惧を抱く人が多いことが伺われる。 図22の結果を見るだけでも、一般の人たちに研究者の素顔を知ってもらう機会を多くすることと、先端研究に対する不信感をぬぐうためのPUR(科学技術研究理解増進)を大い 49 に推進する必要があることがわかる。 0%20%40%60%80%100%ルールを破る研究者が現れる危険がある今後の進め方には厳しい規制が必要である国民に十分な情報が提供されていない技術の安全性に問題がある人間の生命が操作される危険がある倫理的に様々な問題が生じる新しい産業の発展を促す画期的な医療技術が開発される食料問題や環境問題などの解決が期待できる生命現象が解明されることに純粋な価値がある全くそう思うどちらかといえばそう思うあまり思わない全く思わないどちらともいえない  ・わからない無回答 図21 現在の生命科学技術に対する関心(期待や問題意識) 生命科学技術動向に「大いに関心を持っている」「どちらかといえな関心がある」「どちらともいえない」と答えた人に、どのような関心を持っているかを質問した答。調査対象は全国20歳以上の国民。内閣府「ヒト胚研究に関する国民意識調査」(2002)より。 50 4.要約と結論 4.1 議論の要約と提言 科学技術理解増進を促進すべき必要性は以下のようにまとめられる。 1.社会レベルでの必要性 (1)我が国が今後とも科学技術力の向上を目指すには、科学技術に対する国民の関心と理解が高いレベルを維持し、研究開発への理解が広く得られることが欠かせない。 (2)科学技術に対する理解度が高まることは、持続可能な社会の発展と民主的な科学技術政策運営という理想の実現に近づくことでもある。 (3)なによりも、社会全体が科学技術に理解と関心を示してこそ、子供たちが未来に希望を抱き、また、科学技術者が社会に貢献できる魅力的な職業として映ることになる。 2.個人レベルでの必要性 (1)科学的な考え方や方法は、合理的な価値判断を下すに際して役立つ。 (2)健康の維持管理などに役立つ。 (3)エセ科学・疑似科学に惑わされずにすむ。 (4)科学技術をうまく活用し、自らの判断で生活を切り開く上で役立つ。 (5)文化として科学技術を楽しむための糧となる。 上記の理由から科学技術理解増進を促進するためには、科学コミュニケーションの活性化が不可欠であると信じる。 図14~15などに見るように、我が国の大学卒業者が科学系博物館を訪問する回数は、米国に比べると明らかに少ない。このような現状を変えるためには、理系文系を問わず、大学生の科学リテラシーを養う方策が必要であろう。具体的には、たとえば、科学リテラシーを養うための教養教育の充実と、大学院初年度段階での科学コミュニケーション教育の実施が強く望まれる。そのためには、少なくとも理工医薬系の大学院を備えるすべての大学に科学コミュニケーション講座を設置する必要がある。 また、これまで議論してきたように、公衆の科学技術理解あるいは科学技術意識を高めるためには、科学コミュニケーションの専門家を養成すると同時に、そうした専門化が活躍できる場を設定すべきである。養成機関としては、たとえば大学ないし大学院大学への専門職大学院の設置が考えられる。科学コミュニケーターの専門家の受け皿、活躍できる場としては、マスメディア、大学・研究機関・企業・政府機関等の科学広報部、科学系博物館、そして個々の大学に設置されるべき科学コミュニケーション講座等が考えられる。 51 あるいは、科学コミュニケーションに通じた人材は、各種機関・団体のプログラムマネージャー、ディレクター等としても適任であろう。英国の政府機関、財団、協会等では、いわゆるポスドクを経験した後、自らの適性を見極めて科学コミュニケーターないし行政担当者に転身した例が少なくない。 科学技術創造立国を目指す我が国にとって、国民全体の科学技術意識を向上させることは責務である。そのためには、有能な人材を育成し、適材適所で活用重用することで、科学コミュニケーションを活性化する必要がある。 こうしたことを実現するための方策として、以下の提言を行う。 1.理系、文系を問わず、大学生の科学リテラシー向上を図るための教養教育の充実。2.理系大学院生の科学コミュニケーション能力向上を図るための科学コミュニケーシ ョン講座の設置。 3.科学コミュニケーターの専門家の養成を図る専門職大学院の設置。 4.当該大学院の教官は、経験豊富な科学コミュニケーションの専門家で構成すべきであり、カリキュラムは演習・セミナーを中心に行い、インターンシップなども取り入れるべきである。 5.科学コミュニケーターが活躍できる場の充実。具体的には、専門教育を受けた人材のマスメディア側の受け入れ態勢を整える、大学・研究所・企業・政府機関・団体等、各種機関における科学技術広報部の整備、科学系博物館等における積極的雇用などである。 6.科学書・科学雑誌の出版、科学番組の制作等に対する助成。 7.科学コミュニケーション活動(理解増進活動)に対する民間財団の支援促進を促す。 8.英国科学振興協会のような科学コミュニケーション促進団体の設立。 9.サイエンスライター協会ないし科学コミュニケーター協会の設立。 以上を概念的に表したのが、図22である。 4.2 今後の課題 科学コミュニケーター養成大学院の具体的な設立プランを練るための調査の一環として、各種メディア及び科学技術広報部等が期待する科学コミュニケーター像を知るための人材需要調査を実施する予定である。また、科学コミュニケーション活動及びその人材養成を支援するための具体的プログラムの検討も行いたい。 52 研究者大学教官大学院生大学生 小中高生 専門教育公衆報道機関出版社放送局科学館講演会  等科学館  等 学校科学技術・研究者に対するイメージ向上科学コミュニケ-ター研究機関広報担当者メディア関係者科学記者サイエンスライター科学番組制作者科学書編集者科学系博物館関係者研究者兼サイエンスライター教師加工された科学情報人材供給教養としての科学教育科学コミュニケーター   養成システム科学リテラシーの向上科学コミュニケーション教育図22 科学コミュニケーション活性化のための概念図 科学コミュニケーション能力を備えた科学技術者が自らコミュニケーションを行うと同時に、専門教育を受けた科学コミュニケーションの専門家(科学コミュニケーター)がコミュニケーションを取り持つことで、国民全体の科学技術理解、科学技術意識の向上が図られる。 53 5.謝辞 本報告書をまとめるにあたって有益なご助言、評価、励ましを下さった理解増進研究会委員の方々、ならびに客員研究官の方々に、この場を借りて改めてお礼を申し上げたい。貴重なお時間を割いて面談調査に協力していただいた方々にも、深甚なる謝意を表したい。また、それぞれのウェブサイト上で公開している有益な指針の翻訳掲載を快諾して下さった、全米サイエンスライティング振興協議会と英国生物科学研究会議にも感謝する。翻訳にあたっては、佐藤譲氏のご助力をいただいた。 調査遂行と報告書の取りまとめに際して有形無形の支援をして下さった科学技術政策研究所第2調査研究グループのメンバー各位、特にご自身が取りまとめたデータを提供して下さった前上席研究官大沼清仁氏(現林野庁木材課課長補佐)に、多大なる感謝の言葉を捧げたい。 6.引用文献ならびに参考文献 NHK放送文化研究所,2002,『日本人の生活時間・2000』,NHK出版 大沼清仁,植木勉,平野千博,今井寛,2003、「我が国の科学雑誌に関する調査」,文部科学省科学技術政策研究所調査資料 No.97 大平貴之,2003,『プラネタリウムを作りました。』,エクスナレッジ 岡本信司,丹羽冨士雄,清水欽也,杉万俊夫,2001,「科学技術に関する意識調査-2001年2~3月調査」,文部科学省科学技術政策研究所 NISTEP REPORT No.72 科学技術政策研究所,1992、「日・米・欧における科学技術に対する社会意識に関する比較調査」(平成4年3月) 科学技術政策研究所,2002,「平成12年版科学技術指標――データ集――改訂第2版」,科学技術政策研究所調査資料-88 科学技術理解増進検討会,1998,「科学技術理解増進検討会からの提言――伝える人の重要性に着目して――」,科学技術庁報道発表資料(1998/11/26) 科学技術社会論学会,2002,『科学技術社会論研究 1』,玉川大学出版部 金森修,中島秀人編,2002,『科学論の現在』,勁草書房 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1996年の時点で、NASWは、960名の現役終身会員を擁している。その中には、新聞社、雑誌社、、テレビ局、ラジオ局及びフリーランスのサイエンスライータや編集者などが含まれている。そのほか、およそ845名の準会員ないし支部会員がおり、その内訳は、兼業ライター、教育者、専門的な出版物のライター及び編集者のほか、大学、医学団体、ボランティア団体、財団、政府組織、企業などの科学コミュニケーターなどである。 NASWは、全米科学振興協会(AAAS)の年次総会と連動して、年1回の総会を開いている。また、各地に支部が設立されており、ゲストを招いてのセミナーや社会的活動を行っている。 なぜ科学コミュニケーションなのか 今日の社会において科学技術が及ぼしている、とてつもない影響力を否定できる人はいない。科学技術において進行中の数々の革新を理解することと同時に、それらが人類と地球の未来にどのような影響を及ぼすかは、われわれに課せられた難題である。 公衆にとって、科学技術に関する重要な情報源は、唯一メディアのみである。したがって、科学ジャーナリストが事実に裏付けられた明瞭かつタイムリーな情報を伝える手助けをすることは、社会にとってきわめて重要である。 また、科学者には、公的資金を用いて行っている研究に関する説明責任を果たす倫理的な義務がある。その義務を果たすには、主に、ニュースリリースなどのための準備資料の作成に協力する、公衆の代理たるメディアの取材に協力することなどによって果たされる。 しかし、そのようなサービスや科学ジャーナリストに協力することに対する倫理的動機に加えて、きわめて実際的な理由も存在する。 1つは、自らの研究内容を広く世間に伝えることは、研究者仲間に科学的情報を伝える上でも役立つということがある。経験の教えるところによれば、その研究内容が断片的に報道された研究者は、研究論文を見逃していたり、学会発表を聞き損なったりなどした研 1 同協会のウェブサイト http://nasw.org/ より。 翻訳掲載を快諾していただいた同協会会長Deborah Blum氏に感謝する。 57 究者から、さらなる情報提供を求める数多くの問い合わせを受けるのがふつうである。そのような問い合わせの多くは、その研究者の専門外の分野の研究者からのものである場合が多く、それがきっかけで、有益な共同研究や新しい洞察が生まれる可能性もある。これは、学際的研究の時代にあっては特に重要なことである。 もう1つ、メディアに協力することには、報道内容がより正確になるという利点がある。研究内容がどんどん複雑で高度になっていくなかで、専門に通じたきわめて有能な科学ジャーナリストでさえ、自分が担当している分野を追いかけることに大きな困難を感じている。科学者の協力があるなしにかかわらず、ジャーナリストとしては、重要な研究成果は報道しなければならない。したがって、言葉づかいに気をつけたニュースリリースを用意し、インタビューを受けた際にはわかりやすく説明することが、報道内容をより正確にする上で役立つはずである。 最後はもちろん、科学技術の報道が、公的及び私的な研究資金を引き寄せると同時に、好奇心のある有能な生徒を科学・工学の分野に招き寄せるという利点がある。 この手引きは、ジャーナリストが何を必要としているかをもっと知ってもらうために、NASWが用意したものである。この手引きは、科学者、技術者、医師などのほか、学術集会、総会、会議、シンポジウムを開催するにあたってメディアに対応する(専門の広報組織のない)委員会の代表などに読んでもらうことを、特に意識したものである。また、広報担当者が科学の話題をわかりやすく効果的に伝える手助けをするための手引きとして企画されたものでもある。 この手引きではまず、科学ニュースを集めて報道する仕事とはいかなるものかを説明する。また、広報委員会の委員や広報担当者がジャーナリストを支援するための工夫、すなわち、記者室の設定の仕方、記者会見の開き方、ニュース公表時間の設定の仕方、追加資料や要約原稿、写真、録音テープ、ビデオテープなどの準備の仕方など、要するにニュース原稿の締め切りに間に合わせる手助けに欠かせない工夫も紹介する。 メディアとは誰か 公衆は、新聞、雑誌、単行本、ラジオ、テレビ、インターネットなど、さまざまなルートを通じて科学ニュースに触れる。これらのメディアは、それぞれに特有の必要性や強み、弱みを持っている。しかもメディアが抱える個々のレポーターやライターは個人である。これは、科学者や医師がとかく忘れがちな事実である。レポーターやライターは、それぞれ科学や特定の分野の知識も、ジャーナリストとしての技量も、興味も、探し求めている細かい情報も異なっている。ジャーナリスト、科学者、医師、広報担当者などとの摩擦を避けるためには、そうした違いがあることを理解しておく必要がある。 ●一般分野のレポーター 科学ニュースの多くは専門家が担当しているが、科学・医学ニュースの量が増大し、学 58 会(なかには会期が1週間で講演数2,000というものもある)の数も増大する中、ニューススタッフの負荷はたいへんである。また、一般的な大ニュースも科学技術の要素を含むものが多くなっており、一般分野のレポーターがそれを扱うケースが増えている。つまり、一般分野のレポーターが、科学・医学の重大な事件を多数担当することも多くなっているわけである。特にテレビ・ラジオのレポーターについては、一般分野担当である場合が多い。 一般分野のレポーターがサイエンスライターといっしょに仕事をし、同じ事件を追い、同じ記者会見に出席している場合も多い。しかし、そういうレポーターの科学知識や専門用語の理解度は、たいてい限られているはずである。したがってそういう相手には、なるべく単純で素人にもわかる用語説明をしてあげる必要があるだろう。また、データを提供するにあたっても、人間が抱える問題に関係する場合には特に、その発見のどこが重要なのかなども含めて、広い視野に立った説明を添えるべきかもしれない。 ●サイエンスライター しかし、大きな学会や事件に関わるレポーターの大半は、医学、科学、工学に通じたサイエンスライターである。専門分野がますます狭くなってきている科学者の目から見れば、そのような広い分野をカバーするのは無理があるように思えるかもしれないが、たいていの新聞では、それでもきわめて特殊化された担当分野であると見なされている。 専門性の強い各種ライターのなかでもサイエンスライターは、読者に対して特異な責任を負っている。たとえばスポーツライターの場合、あらかじめ読者はゲームのルールや個々の選手について詳しく承知していたりする。ところがサイエンスライターは、個々の記事ごとに新しい「ゲーム」を読者に紹介しなければならないこともしばしばなのだ。NFL(全米フットボールリーグ)の最新の試合結果について書くたびに、読者にフットボールに関する基礎知識を毎回書かなければならないとした場合のスポーツライターの苦労を想像してほしい。 読者や視聴者にとって、もともとあまり関心のない話題に引き込むような記事、映像・ラジオレポートを作成するために詳細な事実や逸話を掘り起こさなければならないというのも、サイエンスライターに課せられる難しい課題である。 優秀なサイエンスライターは、新聞、雑誌、報告書、学術専門誌、インターネットニュースグループなど、雑多な情報に目配りしている。(ニューヨークのとある新聞の科学部編集長は、「毎月58種類の雑誌、毎週250回のニュースリリースと40種類のニュースレター」に目を通しているという。)また、しばしば重要な最新情報が報告される学会の大会にも参加する。記事をまとめるにあたっては、多くの科学者へのインタビューもする。南極まで出かけたり、スペースシャトルの打ち上げを見学したり、素粒子加速器実験施設を訪問したりという具合に、旅行も多い。そうかと思うと、研究所、工場、病院、大学、政府機関からの情報源を常時チェックするという仕事もある。 59 サイエンスライターの大半は、新聞の科学記者ではない。主要な雑誌の編集部員だったり、インターネットニュースサービスの担当者だったりもする。医学や科学に関する単行本を書いている者もいる。多くはフリーランサーで、さまざまなメディアを通じて、記事やレポートを発表しているのだ。放送メディアのスタッフとして、全国ネットで科学のニュースを配信したり、科学ドキュメンタリー番組を制作している人もいたりする。 ●日刊紙 かつては一般に、新聞は朝刊紙か夕刊紙に分かれており、1つの都市で複数ずつの新聞社が競合していた。しかしそのような時代は、大都市部を除いて終わりを告げている。今や大半の都市は1紙を抱えるのみで、大きな都市部では、地方紙が大きな日刊紙を相手に善戦しているというのが実情である。 その上、大半の新聞はインターネットにウェブサイトを持ち、その日の紙面の大部分ないしすべてを公開するようになっている。それどころかウェブサイト上では、画像やさらに多くの背景説明が得られる他のサイトへのリンクなど、実際の紙面上よりもたくさんの情報が提供されている場合も多い。 ということはつまり、朝刊ないし夕刊の締め切りに間に合うようにニュース記事を仕上げるという従来の作業は、もはや時代遅れということである。今後とも、新聞は公衆に影響を与える重要な手段ではあり続けるだろうが、情報メディアとしては、印刷紙面に劣らず電子媒体が重要となるかもしれない。 このような変化を踏まえた上で、ニュース素材を「即配信」か「随時配信」で流す場合には、ラジオやテレビのニュース番組、ウェブのニュースサイトはほとんど即座にニュースを報道できるということを、念頭に置いておくべきである。つまり、電子媒体と印刷媒体の記事がほぼ同時に報道されることを保証するなら、ニュースリリースのタイミングに留意すべきなのである。そうすれば、公衆は、視聴覚によってニュースを知り、新聞あるいはインターネットによる活字媒体でニュースの詳細を確認するという二重の恩恵に浴せる。 しかし、ニュース素材を新聞の締め切りに間に合わせたいなら、次の注意を怠ってはならない。すなわち、朝刊の早刷りが出るのは、通常は前日の深夜であり、夕刊の早刷りは当日の午前である。したがって朝刊の締め切りは、前日夕方早くであり、夕刊については早朝である。ニュースリリースのタイミングは、それに、記者がインタビューをして記事を補足修正する時間の余裕を配慮すべきである。 日曜版のためのニュースリリースも、普通版と同じ扱いをすべきである。つまり、そのニュースは、土曜日に起こったことでなければならない。実際には金曜日に起こったことなのに、それを日曜に報道してほしいと依頼するわけにはいかないのだ。ただし、サイエンスライターや日曜版編集長の独自の判断が利く場合もある。しかし多くの研究所は、日曜配信を禁止した上で金曜日にレポートや研究発表を流している。 60 科学の特集記事、すなわち配信のタイミングがさして重要ではない記事の題材は、それよりもさらに早めに投稿しておくべきである。そうした記事としては、日曜版の特別紙面や科学面に掲載するために、たいていは専任の記者がまとめる記事も入る。特集記事の多くは、独占記事として数カ月前から編集者に売り込みがある。硬い記事を独占記事として売り込んではいけない。特集記事となるのは、気むずかしいジャーナリストでも興味を持ちそうな内容の記事だけである。 ウォールストリートジャーナルなど、特殊な関心を持つ読者のための日刊紙でも、事情はほかの新聞と同じであるのが普通である。そうした新聞でも主要な日刊紙は朝刊が基本であり、締め切りに間に合わせたいならば午前中のニュースリリースを考えたほうがよい。 ●ニュース配信サービス この種のサービスは、どのようにして記事を報道するかという点においては日刊紙とよく似ている。その理由の一端は、そのサービスを契約している活字メディアや電子メディアを通じて、公衆とつながっていることにある。伝統的なメディアのほかに、アメリカ・オンラインのようなオンラインサービスもこれに含まれる。 AP通信、ロイター、UP通信などといった通信社は、世界中の支局を通じて、医学、科学、工学分野のニュースを担当している。幅広い関心を呼ぶ主要な記事は、国内の通信社、あるいは国際的な通信社を通じて配信される。しかしローカル色の強いニュースや全国レベルではさして重要ではない記事は、州レベル、あるいは地域レベルでのみ配信され、特定の州や地域のメディアだけに提供される。 AP通信の支局のなかには、ベテランのサイエンスライターをスタッフとして抱えているところがあるほか、ニューヨークには、科学担当の編集長がいる。科学・医学記事は、そのニュースが生じた場所や発表された場所に一番近い支局にいる編集長ないしサイエンスライターのもとに送られる。 科学ニュースや医学ニュースに特化したニュース配信サービスもある。あるいは、シンジケート(通信社)や系列新聞社は、スタッフのサイエンスライターがシンジケートのために書いた署名記事を配信している(たとえば、ロサンゼルスタイムズ・ワシントンポスト・ニュースサービス、ニューヨークタイムズ・ニュースサービス、ナイトリッダー・ニュースサービスなど)。 こうしたサービスは、締め切りがきわめて厳格である。したがって、契約している社が、ニュースがリリースされた日時によって決まる締め切り内に記事を受け取れるような配慮をしなければならない。 通信社には、科学記事と医学記事のヘビーユーザーもいる。そういう顧客が特別の関心を寄せるのは、連鎖記事である。記事となる突発的なニュースが不足しているときには、特集記事をタイムリーな話題として扱えたりするのだ。特集記事は、研究者とその業績に焦点を当て、「人間に対する興味」をかき立てるものでなければいけない。代表的な特集記 61 事配信サービスとしては、AP特集記事通信、コープレー通信、ガネット配信サービス、ニューハウス配信サービスなどがある。 ●放送メディア 放送局で働く場合、あなたが発信する情報は、全国ネットのニュースとローカルニュースに送りなさい。CNNも含めて主要なテレビネットワークは、科学と医学の話題をニュース放送とドキュメンタリーの両方に使用している。種々のローカル番組やニュース番組は、科学と医学の話題を提供する格好の販路なのである。 ローカルネットとローカル放送にニュース素材を提供する場合は、1~5分のビデオが使われやすい。そのようなビデオニュースの配信を行う場合の心得については、「ニュースリリースの仕方――テレビ」の項を参照してほしい。 そのくらいの長さのビデオだと、記者会見やインタビューの報道をかさ上げするために重宝なのである。ただし、出来事そのものの映像を提供することもお忘れなく。コンピューターグラフィックによるアニメや図表も、科学の話題には重要である。そうしたグラフィックは、JPEGなど代表的なファイルにしてインターネットで送ることができる。 記者会見を主催した団体を視覚的に明らかにするために、演台かスピーカーの背後に団体名かそのロゴマークを入れておくとよい。視聴者に研究内容を説明する上で役立ちそうなダミーなり見本を持っていないかどうか、会見の当事者に尋ねることもお忘れなく。インタビューする場合、あるいは記者がコメントや紹介を述べる場合の場所の選び方、立ち位置とその背景にも、配慮が必要である。 ラジオについても同様で、報道する研究成果に即した効果的な音響を手配したほうがよい。その場合、記者に手渡せるテープかインターネットで送れる媒体が望ましい。 ラジオの場合、民放と公共放送があり、民放の場合には、40秒の報道に対して10~20秒の「サウンド・バイト」が入るのが普通である。民放は、1つの引用で、話題の骨子をうまく捉えたものを期待する。それに対して公共放送は、1つの話題をもっと長く取り上げ、複数の引用を使いたがる傾向がある。 スポットニュースのほかに、特別番組やドキュメントもある。放送時間も長くなるため、研究室や野外研究施設などにロケを敢行してのインタビューも可能である。 放送メディアとコミットするための基本原則は、その放送局とそこの番組がどういう技術的な要求を抱えているかを知ることである。 ●雑誌 全国誌からコミュニティ誌、あるいはさまざまな専門誌など、雑誌には、無数と言ってよいほどのカテゴリーがある。個々の雑誌は、それぞれが要求するもの、企画から取材・編集にかける期間、ニュースと広告に対する独自の編集ポリシーを持っている。何号か研究したり、『ベーコンズマガジン・ディレクトリー』といった参考書を参照することで、科 62 学・医学におけるどのような種類の展開が紙面を飾りやすいか、ある程度の感触がつかめる。 記事になるまでの所用日数が足かせになり、ニュースがまだ新鮮なうちに掲載できないということがある。ニュースになるエベントや情報リリースを考える際には、週刊誌の締め切りを考慮に入れねばならない。たとえば『タイム』『ニューズウィーク』『USニュース』『ワールドレポート』といった雑誌は、木曜日の正午までに入った重要な記事ならば、翌週の月曜日にニューススタンドに並ぶ号に掲載できる。一方、金曜日に開かれる記者会見のニュースは、取り上げようとしても、ニュースとしての鮮度が1週間分落ちることになる。水曜日の記者会見だと、日刊紙に遅れること数日で、週刊誌も取り上げられる。 ●業界出版物 科学技術の「業界」出版は、主に科学者、医師、技術者、薬学者などの専門家集団を対象としている。そのような出版事業としては、業界紙、専門誌、ニュースサービス、季刊誌、ニュースレターなどがある。それぞれがカバーする領域は、広いものから狭いものまでさまざまである。 個々の媒体が要求するものは、それぞれの発行間隔、ニュースへの比重、専門領域での関心度などを反映している。たとえば週3回発行の医学新聞は、最新のニュースに重きを置いているかもしれないものの、その締め切りは、一般に日刊の一般紙ほど厳格ではない。1カ月前の発表を、あたかも昨日のニュースのように掲載することさえ、あるかもしれない。週刊誌や月間刊行物だと、原稿の準備期間は長くなり、必要条件も一般読者向けの同等の刊行物と同じである。 むろん、業界出版物といえども一般の出版物同様、ニュースを即座にでも配信できるウェブ版を用意している。 とにかく、個々の商業出版物は、その専門領域においてどういうことが進行しているかを知りたいという目的を持つものであり、関心のあるニュースをさらに掘り下げて、技術的な面をさらに詳しく紹介しようとするだろう。そのような出版物にも、関連のあるニュースをリリースし、他のメディアといっしょに記者会見やシンポジウムなどに招待すべきである。 ニュースリリースをする際の最上の編集ポリシーは、詳細かつ掘り下げた情報を提供することで、専門外のメディアが必要な情報を取得できるだけでなく、その業界の専門メディアをも満足させられるものであるべきである。 ニュースを伝える 研究機関の広報担当者は、サイエンスライターや医学ライターと毎日のように顔を合わせ、親しい関係にあるのがふつうである。しかし彼らは、広報の仕事に疎いかもしれない人たちのために、してよいこととしてはいけないことを遵守しつつ、広報という仕事をこ 63 なしている。 ●仲介者としての広報担当者 広報官は、研究機関とメディアの仲介者として、ニュースと情報の流れをコントロールするのではなく、流れを促進することで、所属研究機関に最大の利益をもたらす。たとえば、メディアからの問い合わせはすべて広報室を通すようにと主張する機関もある。これこそ、たいていのメディアが嫌うポリシーである。そのようなポリシーを実施しても、ニュースをコントロールすることはまずできない。レポーターはまず間違いなく、独自の取材により、その研究機関の意に沿わないニュースを見つけてしまうはずだからである。妨害的なポリシーは、むしろ、悪意的な記事を奨励することになりがちである。自分たちでまいた疑惑の種が、もっとたくさんの都合の悪い事実を隠しているに違いないという確信を、メディアに芽生えさせるからである。 実際には、情報の自由な流れを奨励した方が、その機関にとって好意的な記事を書いてもらう機会を増やすことになる。ジャーナリストというものは、情報の流れのよい研究機関に対しては、研究者にインタビューや取材をするために足繁く訪れるものだからである。しかも、そういう機関からのニュースリリースや情報提供に対して、より多くの信頼を置くという傾向もある。 したがって広報担当者は、自分はメディアとの仲介役にすぎないなどと決め込むことなく、ジャーナリストに対する助力を惜しむべきではない。広報担当者が仲介者となっているような状況では、できうる限り効率のよい仲介役であるべきである。 たとえば、ジャーナリストが情報を求めて電話をかけてきた場合、努めて広報担当者がその電話に出るべきであり、それができなければただちにこちらから電話をかけなおすべきである。広報担当者は、ジャーナリストの締め切りを常に気にすべきであり、それに間に合うよう、できる限りの努力をすべきである。また、ジャーナリストが研究者に連絡を取りたいと言って広報室に電話をかけてきた場合は、研究者の電話番号を教え、相手がかけ直す時間を節約するために、できれば電話を転送してあげるべきである。 特にやり手の広報担当者ならば、自分の機関の研究者では用をなさなかった場合、ジャーナリストを助けるために、他の研究機関の広報担当者に連絡を取ることまでするだろう。そのようなサービスをすれば、同じライターから再び問い合わせがある可能性がぐんと高まることを心得ているのである。 広報という仕事は、通常、パブリシティとプロモーションの両方を含んでいる。この2つは、同義語であると考える向きもあるが、ニュースメディアの目から見ると大いに異なるものなのだ。 パブリシティとは、自分たちの出来事に関する情報を提供しようとするものである。パブリシティに供するものは、ニュースバリューのある「事件ペグ」でなければならない。メディアが記事として取り上げるかどうかは、ニュースとしての価値、要するに読者や視聴者 64 の関心度と重要度しだいなのである。たとえば、科学記事として最も受け入れられやすい事件は、査読のある学術誌への論文投稿か、大きな学会での講演発表である。 プロモーションの場合も情報提供ではあるが、活動、アイデア、産物を「宣伝」することに主眼が置かれる。この種の素材でもニュースとしての価値がある場合もあるが、そうでない場合も多い。金銭的な価値などをアピールするプロモーションは、サイエンスライターに向けて行うべきものではなく、新聞の経済部や社会部の編集長、放送局の公益事業担当者に向けて行うべきものである。また、インターネットニュースやニュースグループも対象とすべきではない。 ●ニュースリリース ニュースを流す伝統的なやり方はニュースリリースである。明確で完全で簡潔な情報を提供するのが、良質なリリースである。そこには、結果と結論といった重要な情報が含まれていなければならない。そのような情報こそが、ジャーナリストや公衆にとって最も重要なのだ。 良質なリリースである条件には、リリースされた情報がいかにどうして新しいのかを明快に説明する広い視野が含まれていることも入る。問題としている研究の簡潔な歴史のほか、ほかの研究機関で同じような研究をしている研究者に関する情報も含まれていることが大切なのだ。 ニューリリースには、活字、ラジオ、テレビ、インターネットという4つの基本的な形式がある。以下、それぞれの形式ためのガイドラインを紹介する。 ◇活字によるニュースリリース ・81/2" ×11" の、できれば白い用紙を使う。 ・行間はすべてダブルスペースで。余白は広く取る。行の最後の単語をハイフンでつないではいけない。1つのパラグラフが2ページにまたがってはいけない。 ・用紙は片面コピー。 ・1枚目に発信者――所属機関と個人名ないし個人名のみ――を明記する。さらに詳しい情報を得るために接触できる人物の名前、電話番号、Eメールアドレス(いずれも勤務時間内と時間外の両方)を明記する。 ・1枚目にリリース日時をよく目立つように記載し、記事の配信解禁日時も明記する。即座の配信が可能な場合は「即・・・」と明記すること。ただし、即配信可の場合でも、リリース日時は記入すること。記者が資料を山積みにしやすいための配慮となる。 ・1枚目に、ニュースの骨子となる簡潔な1行見出しを入れること。 ・リリース文の冒頭で、発見されたのは何でそのことにはどういう意味があるのかをできるだけ簡潔に述べること。ジャーナリストは、毎日山のようなニュースリリースを処理しなければならず、あなたのニュースリリースのポイントを理解するための時間 65 が少しでも節約できることを大歓迎するはず。 ・リリース対象が地元のニュースメディア限定でないのなら、最初のパラグラフにリリースの発信地と日時(デイトライン)を入れた方がよい(たとえば、ニュージャージー州アトランティック市、9月10日というふうに)。日付は、そのニュースが起こる日時であるべきであり、あなたがリリースした日時や記事を掲載してほしい日付であってはいけない。もし「即配信可」と明記する場合は、デイトラインよりも前にそのリリースがメディアの手元に着いてはいけない。デイトラインを入れたニュースを前もってメディアに送る場合には、リリースした日時を明記すべきである。 ・ニュースリリースが2ページ以上に渡る場合は、最後のページを除く各ページの下部に「続く」と入れる。各ページには番号を入れる。よく使われるページ番号としては、各ページの上部左隅に、2ページ目からそれぞれ「追加1――(ニュースのタイトル)」、「追加2――(ニュースのタイトル)」というふうに入れていくやり方である。この方式では、最後のページには、「追加(番号)にして最後――(ニュースのタイトル)」と入れる。ニュースの末尾には、「-30-」「♯♯♯」など、一般的な「とめ」記号を入れる。 ・すべてのリリースは、ホッチキスなどでしっかりと綴じること。記者の机は乱雑なことが多く、リリース原稿が紛失しがちなので、ページはしっかり綴じてあることが望ましいのだ。 ・リリース原稿は、表を上にした三つ折り(Z折り)にして、定型の事務封筒に入れること。この折り方だと、封筒を開けるとすぐにニュースの見出しが目に入り、忙しい記者にとってはきわめて重宝なのである。 ・郵送によるリリースは、時間的余裕を取ること。特集記事に取り上げられなかった場合は、新鮮さを失わないうちに、これはという雑誌や季刊誌などにインターネットや郵便で送るとよい。 ・リリース原稿を書くときは、脚色してはいけない。事実のみを提供すること。 ・事実関係、人名、肩書き、日付などはダブルチェックすること。 ・目的にあわせたメーリングリストを作成する。普通郵便リストにしろEメールリストにしろ、どういう話題がどういうメディアでよく取り上げられてきたかを項目別に整理しておくとよい。定期的に返信用ハガキなどを同封することで、受取手のリストを常に更新すべきである。 ◇ラジオ用のニュースリリース ラジオの科学レポーターも、他のメディアに送られたものと同じニュースリリースを受け取るのが普通である。しかし地元放送局の報道デスクは、一般向けの特別講演会などの科学の会合をピックアップした公共サービスからの通知を受け取っている可能性もある。そのような通知を準備するための心得を列挙しておく。 66 ・81/2" ×11"の白い用紙の片面に、トリプルスペースで印字する。冒頭は、1ページ目の上3分の1を空けたところから打つ。余白は広めに取ること。 ・日付はきちんと特定すること。2日以上にまたがるエベントの通知については、リリースが使える日付を明記すること(たとえば、「月曜日から木曜日について有効」とはせずに、「7月4日から7月7日について有効」とする)。 ・耳で聞いてわかりやすい原稿を書くこと。つまり、目で読む原稿よりもくだけた文体で書くとよい(たとえば、do not ではなくdon’tを使うなど)。くだけた調子とはいっても、ぶっきらぼうなのはいけない。舌をかむような表現もいけない。原稿を大きな声で読んでみること。 ・人名や専門用語など、発音しにくい単語には読み仮名を振る。 ・省略語や複合語の使用は控える。 ◇テレビ用のニュースリリース テレビのためのニュースリリースは、次の2種類のうちのいずれかになる。 ・テレビ局にニュースを伝え、取材班を派遣してもらえる手配をする。その際の助言には、どういう種類の映像が利用可能かも付記すること。 ・ビデオニュースのリリース。2分以下のビデオ映像で、プロの使用に耐える高品質のものを用意して分配すること。ビデオには、きちんと編集したバージョンと、同じシーンを並べただけで、テレビ局が自由に編集できる「Bロール」バージョンの2つを入れておくこと。編集済みのバージョンには、2つのオーディオチャンネルのうちの一方にナレーション、もう一方に環境音を入れておく。ナレーションの原稿も添えることで、テレビ局の記者の声に入れ替えられる配慮もすべきである。 Bロールには、ショットリストと呼ばれる、録画シーンのリストも添えておくこと。Bロールには、ニュースの主役へのインタビューと周囲の環境の映像も収録しておくこと。 ◇インターネット用のニュースリリース ウェブサイトでのニュースリリースの内容については、活字(紙)によるニュースリリースと基本的に同じ原則に従うべきであり、団体名、連絡を取るための情報、リリースの日時、見出し、骨子がわかりやすい中見出しなどを付ける。 それに加えてリリースのウェブバージョンは、凝ったフォントや背景は避け、読みやすいものでなければならない。追加情報や図像、アニメ、ビデオ、オーディオなど有用な素材へのリンクも忘れてはいけない。 いちばん重要な注意は、配信解禁日を特定したニュースを解禁日前にインターネットに投稿したら、それはもはや解禁日付きとは見なされず、即座に配信されうるというこ 67 とを肝に銘ずべきである。例外は、米国科学振興協会の研究ニュースウェブサイトであるEurekAlert!に投稿された配信解禁日付きリリースのみである。このサイトのパスワードで保護されたエリアに投稿されたものは、配信解禁日を遵守することに同意したメディアでなければアクセスできないことになっている。 ◇ニュースリリースのための付録 どんな形式のニュースリリースについても、既述したような、情報を補足するための背景として、以下のような付録を添えると有効である。 ・ニュースの元となっている研究論文なり報告の実物。 ・ニュースの対象となっている研究の背景説明。その研究分野における位置づけを広い視点から説明した文書が望ましい。そこには、その話題に関係する他の専門家の名前及び関係具合に関する情報などを添えればよいかもしれない。また、背景をなす有用な情報を含むウェブサイトのアドレスや、概説的な論文のコピーなどを添えるのも有効である。 ・そのテーマをわかりやすく説明してくれる図版、写真、コンピュータグラフィック、表、イラストなど。テレビ局には、プリント写真よりもスライド写真のほうが歓迎される。プリント写真の場合は、光が反射しにくいマット印画紙がよい。 ・ニュースの主役の略歴と近影。 ・参考文献。研究内容が専門的だったり、他の手法、製品、治療法などよりも優れているという主張を含むニュースである場合は、参考となる製品や文献を添えると有用である。 ●学会発表に関するニュースリリースの取り扱い 医師あるいは科学者が学会ないし会議などで重要な発表をする計画がある場合、広報担当者は、記者室で使える素材の提供を当人に依頼するとよい。通常は、講演発表か、あまり専門的ではない要約、あるいはニュースリリース用の完全原稿を複数部、前もって用意してもらう。 発表者は、その学会ないし会議の主催者からも、メディア発表のための資料の提出を依頼されているはずである。ただし発表者の中には、ニュースリリースや要約を配布するのは姑息なパブリシティのやり方だと同僚から思われるのではないかと心配する人もいる。しかし、その発表にニュースとしての価値があるなら、ニュースリリースや事前の配布資料があろうがなかろうが、メディアはニュースとして取り上げるものだということを、研究者は理解すべきである。しかもすでに述べたように、説明資料を用意すれば、その人の研究がより正確に報道され、同僚の研究にも正当な賞賛が向けられることになる。 学会や会議には記者室が用意されていなかったり、事前の資料準備などをする時間的余裕がなかったりする場合もある。そこで、広報担当者であるあなたが、あなたの研究機関 68 の研究者が重要な発表をすると知った場合、あるいはあなたは発表予定の研究者で、その学会の広報責任者からの依頼がない場合には、以下のような心得に従うことをお勧めする。 主催する学会のメディア担当者に、どのようなメディア対応施設が用意されるかを問い合わせる。記者室が用意される場合は、ニュースリリースをすべきか、専門的ではない要約を用意すべきか、あるいは事前に講演原稿と説明資料を用意しておくべきかを、責任者に問い合わせる。 メディア対応施設が用意されない場合は、配信解禁日付きのニュースリリースをしてもよいか問い合わせる。問題がなければ、十分な時間的余裕を見て、資料をサイエンスライターに送付したり、EurekAlert!など、パスワードで保護された配信サービスに投稿する。その際、主催する学会の慣習に則り、適切なリリース時期を守ること。学会会場でどのようにすれば当人と会えるかという情報も忘れないこと。 発表予定の研究がビジュアル的におもしろいなら、その研究者は地元テレビ局の記者を研究室に招待したがるかもしれないし、進行中の研究をビデオ収録したがるかもしれない。それを実行する場合には、主催学会の承認を得て、学会発表前にビデオ収録が行われることを理解してもらった上で実施すべきである。研究機関の広報室にも、学会に参加するテレビ局の記者に、自分たちが作成したビデオやコンピュータグラフィックを提供することができる。この場合も、ビデオが用意できないなら、代わりにおもしろいスライド、コンピュータグラフィック、写真などを提供するのもよい。 ●写真の価値 写真や図版が良いというのが、新聞、雑誌、テレビ局などがそのニュースを取り上げる真の理由ということも、よくある。新聞や雑誌を見れば一目瞭然だが、今日の活字メディアはかつてなかったほどビジュアルに頼った記事の作り方をしている。 いちばん効果的なのは、人が何かをしている写真である。ただし1枚の写真に写っている人数は、最小限にとどめた方がよい。写真を撮ったときは、何の写真家をはっきりさせておくこと。 プリント1枚ごとに、正確で完全なキャプションを紙片にタイプし、写っている人物の名前も左から右へという順で、ダブルチェックしておくこと。そのキャプションは写真の下端にテープで貼っておき、写真を見ながら常に読めるようにしておく。その際テープは、写真の表面ではなく裏面に付着させること。キャプションを写真の裏面に貼り付けるのは、避けるべきである。 写真の裏面にキャプションを直に書き込んではいけない。表に透けて見える可能性があるからである。どうしてもという場合は、できれば裏面の余白に、油性鉛筆か芯の柔らかい鉛筆でそっと書くこと。 新聞や雑誌には、5×7か8×10の光沢写真か35mmのカラースライドがよい。テレビ局にはスライドがよいが、ビデオの方がはるかに好ましい。 69 個々のメディアに適した素材といっしょに、たとえそれらが必ずしもそのメディア向きの素材ではなくても、図表、イラスト、略図を添えること。新聞、雑誌、テレビ局のデザイナーが自前の図版などを制作する際に役立つからである。ちょっと意外だが、ラジオ局の科学レポーターも、ビジュアル資料を喜ぶ場合が多い。ニュースを理解する上で有用なほか、特に重要なビジュアル資料については放送中に言及することもある。 インターネットに画像を流す場合には、フォーマットはJPEGなど標準的なものにし、完全なキャプション情報も忘れないこと。 ●特集記事と独占記事 特集記事は、現時点で興味深いテーマを扱うものでなければならず、1人のライターやエディターを指名するのが普通である。特集は事件性を欠くため、独占権を与えない限り、新聞記者の興味を引くことはできない。独占記事は、雑誌やニュース特集サービスにとっては特に重要である。 特集記事については、筋立てと写真をすべてそろえた状態で提案しない方がよい。1つのやり方は、記事のアイデアと使えそうな図版などの概略を手紙やEメールで提案することである。その概略は、ライターの関心を引き、自分流の角度からその記事を書いてみたいと思わせるようなものが理想である。 ●突発的なニュース 科学技術や医学分野のニュースは、研究論文か学会や会議での講演発表のいずれかをきっかけに流されるというのがほとんどである。しかし、サイエンスライターの関心を引くような事件が突発する場合も多い。 そうした例として最もよくあるのは、病院に関係した緊急事態である。たとえば、新しい治療法や有名人の病状、あるいは大事故に巻き込まれた犠牲者の病状などがその例である。 広報担当者や病院の上級職員は、そのような事件のメディア取材を助けるために、エディターやレポーター、あるいは放送局のニューススタッフと知己の間柄になるべきである。 すべての病院は、ポケベルや携帯電話でレポーターの質問に24時間対応できる正式な広報担当者を常時配備しておくべきである。緊急事態が何日も続くことが予想される場合には、病院内の1室を、通信施設などが完備した記者室として提供すべきである。 病院の電話交換手には、レポーターからの問い合わせについてはすべて正式の広報担当者にゆだねるよう、きちんと指示しておかねばならない。病院を代表する立場にある広報担当者は、レポーターが情報の迅速な入手を必要としており、質問にはできる限り素早く答えることが病院の義務であることを、肝に銘じておかねばならない。 ●記者会見の招集 70 あなたは広報担当者として、所属機関の研究者ないし医師のための記者会見を開いたり、メディアによる個人的なインタビューの依頼をされたりという局面がありうる。 記者会見は、ニュースソースが日時場所招請者を決定した上で招集するのが常である。それに対してインタビューは、1人ないし複数のライターの養成によって設定されるのが普通である。記者会見は硬いニュースと関連して開かれるが、インタビューは独占記事や特集記事の元となる。 この2つについては、学会におけるメディアの手配を論じた項で詳しく検討してある。 記者会見を招集するのは、次のような場合だけである。 ・最新のニュースであるか、研究者当人に語らせるのが最も望ましいか、記者からの質問が出ることが予想されるか、ニュースリリースや電話ではうまく伝えられない場合で、 ・ニュースの主役が記者の質問に詳しく答えたいという気持ちになっていて、 ・記者会見が終わりしだいニュースの配信が可能な場合。例外は、講演前に、その講演内容に関する記者会見を開く場合。 この原則には別の例外もある。著名な科学者が地方を訪れたというだけの理由で、記者会見が開かれることもある。この場合は、記者会見が開かれたこと自体がニュースとなる。ここで重要なのは、ニュースの主役は、あなたが思う以上に、記者にとっては重要人物だということを、肝に銘じることである。 記者会見の開始時間は、メディアの意向を汲むべきである。たとえば午前中の記者会見は、テレビ局が夜のニュースで報じるための時間に余裕を与えることになる。朝刊紙にとっても、午前中の記者会見は、翌日の新聞で報じる上で好都合である。 活字メディア、テレビ、ラジオには、少なくとも24時間前に、記者会見開催の通知を出すべきである。その際には、会見のテーマ、参加者、開催時間と場所の情報も伝えること。そうした情報は、手紙、ファックス、Eメールといった文書の形で伝えるのがベストである。急な開催の場合は、特定の記者やエディターに電話で連絡した上で、情報の正確を期すためにファックスかEメールも出しておくのがよい。 記者会見参加者のために、メディア用資料集を用意する。ニュースリリース、背景となる記事、リリース予定の論文のコピー、肩書き、住所、電話番号付きの研究者名のリストなどである。不完全な情報に基づく半端な報道を避けるために、それらの資料を、会見に参加しない記者に事前配布することは避けるべきである。 記者の中に遅刻者がいても、会見は定時に開始すべきである。 会見の冒頭で、主役からニュースの内容とその意義を手短に要約してもらう。その際は、放送局が好む「サウンドバイト」は9秒以下であることに留意すること。 会見の進行は広報担当者が責任を持つ。主役の紹介と会見の終了宣言は、広報の責任である。会見の主役が会場を離れなければいけない時間など、記者会見の制約があるならば、広報が冒頭で説明しておかなければならない。 71 主役が冒頭の説明を終えたなら、質問を受け付ける。主役には、マイクに向かって常に明瞭に発言するよう留意させる。マイクロフォン1台は何万、何百万という人々を代表しているのだ。 記者が質問の大半をすべきだが、会見を仕切る広報も、記者の質問では触れられていない重要な点を引き出す関連質問をしてもよい。 討論、意見交換、曖昧な点の明瞭化には、常に十分な時間を充てる。関心が高まっているのに会見を打ち切ったり、関心が低下したのに会見をだらだらと引き延ばすようなことはすべきではない。会見を仕切る広報担当者は、幕の引き時をうまく見極めねばならない。 テレビ局の記者とカメラマンが、興味深いニュースの背景を1対1のインタビューに収めたいと特別に希望する場合に備え、それに対応する準備をする。 一般的な記者会見はあらゆるメディアの記者の質問を受けねばならないが、いかなるものであれ、技術上の特殊な要求を優先させるかたちで滞ることがあってはならない。 しかし、会見者が記者会見を2回も開くのはいとやだと言うかもしれない。その場合は、放送局の要求を通してあげることも考えていい。ただしそのようなメディア混合型の記者会見では、テレビカメラの設置場所など、明確なルールを決めておけねばならない。 ●インタビューの手配 進行中の研究が有望だったり興味深いものの、まだニュースとして取り上げるほど固まってはいない段階なら、ジャーナリストなり広報担当者がインタビューを提案する手もある。 しかしたいがいのケースとしては、ある研究者や特定分野の権威に会って話を聞きたいと思っているライターが、インタビューを申し込む。本来、インタビューは独占記事の対象となるものであり、そのライターが入手した話が他のライターなどに配信されるということはない。しかし広報担当者は、そのライターの原稿が世に出た後にその記事をリリースする準備をしておいた方がよい。ただし、そのことは事前にライターに告げ、記事なり本の発行日を周到に見守るという礼儀はわきまえねばならない。 いずれにせよインタビューで励行すべきルールは、顕著な情報――ニュースリリース、報告書、研究論文、背景をなす事情など――はできるだけたくさん活字にした状態で記者に提供することで、重要な点や事実が記者のノートや記憶の中で迷子にならないようにすることである。 研究機関や企業によっては、メディアのインタビューに広報担当者の立ち会いを求めるところもある。しかしほとんどのジャーナリストはみな、そのようなことを嫌う。しかしなかには、気にするどころか、広報が提供する心配りに感謝するジャーナリストもいる。どちらかわからない場合は、当のジャーナリストに、広報は立ち会わない方がよいかどうか尋ねればよい。 立ち会いが必須条件だとしても、広報はできるだけインタビューへの介入は避けるべき 72 である。事前に、返答を嫌がられる質問や歓迎される質問内容を記者に示唆するのもよい。 広報は、記者会見やインタビューが行われる前に、質問を受ける科学者なり医師に、メディア側の要求を手短に説明しておくべきである。インタビューされる側は、インタビュー内容を事前に知る権利とその話題への回答に制限を設ける権利があることを、理解しておくべきである。また、質問されていない事実や背景をなす情報など、重要な情報を積極的に与えるということもありうる。 科学者が、科学的な事実に正確を期すために、記者の原稿を事前にチェックしたいと思っても、ジャーナリストには原稿を科学者に見せる義務はないことは、理解しておくべきである。実際には、たいていのサイエンスライターは原稿を一度か二度は科学者に見せるということをしてはいるが、出版に関わるポリシー、締め切り、複数の取材先との調整などのせいで、そのような事前チェックは実質的に不可能な場合もある。 原稿の事前チェックがインタビューを受ける条件ならば、そのことはインタビュー前の打ち合わせ段階で明確にすべきである。科学記者が原稿のチェックをしてもらいたい場合、電話で原稿を読み上げたり、ファックスやEメールで送るということもありうる。科学者側は、チェックは科学的事実の正確さと自分の発言の引用内容だけに限るべきである。 放送局のインタビューでは、科学者の仕事や発言のごくごく一部だけしか放送に使わないということもよくある。彼らが求めているのは、1つか2つの質問への簡潔な返答なのだ。科学者としては、自分の回答がいかに素晴らしいものであったとしても、放送に使われるのは、長時間のインタビュー番組でない限り、9秒以内に編集されたものであることを、しっかりと承知しておくべきである。 専門用語を使わない簡潔な回答に特に留意して、質問に対する回答のリハーサルを行うのもよい。科学者は、途中で言いよどんだりつっかえたりしても、何度でも言い直せばよいという気持ちでリラックスしてインタビューを受ければよい。科学者は、もっとわかりやすく答え直させてくれと、インタビューアーに気安く頼めばよい。 スタジオ以外でのテレビインタビューでは、インタビューを行う部屋は空間的に十分な余裕があり、外部の雑音から遮断されていること、電源が確保できること、撮影の背景はきちんとしていることなどを確認しておく。記者会見の項でも述べたように、科学者には、話を理解しやすくする図版やアニメーションのほか、図表やグラフなどを用意するよう助言する。 ラジオの取材では科学者の肉声を欲しがるため、テープレコーダーが持ち込まれる。記者は事前に質問内容に関する打ち合わせをするはずなので、科学者は答についてゆっくり考える時間を持てるはずである。テレビのインタビューの場合と同じように、科学者は、細かい話に時間をかけたり、だらだらとした説明をしたり、わかりにくい答をすることは避けるべきである。 電話インタビューの際は、スピーカーフォンは避けた方がよい。音質が悪くなってインタビューアーが聞き取りにくかったり、録音しにくかったりするからである。 73 ●オフレコのルール 記者会見やインタビューにおいて「オフレコ」の情報を出されることは、たとえそれが背景を知るために必要なものであったとしても、すべての記者の嫌うところである。彼らは、オフレコの大量情報をもらうよりも、公表可能な質の高い情報を歓迎するはずである。受け取った情報はすべて公表していいと思えることが、大切なのだ。 全米サイエンスライター協会は、それ以外には情報入手の手段がないという希有なケースを除いて、オフレコ情報を嫌う。その理由の1つは、やり手の記者が個人的な取材や別の情報源から同じ情報を入手した後で、それはオフレコ情報であると知らされる場合がありうるからである。 また、オフレコという意味が、記者によって異なる意味を持ちうるということもある。その情報は、「深い背景」をなすもので、どんな形にしろ記事では使えないと受け取る人もいれば、使ってもよいが情報源を明かしてはいけないと受け取る人もいたりするからである。情報は明かしたいが引用はしてほしくないとしたら、科学者は、そのことを事前に相手にはっきりと告げなくてはいけない。そうすれば、ライターは、そのような情報を受け取るかどうかの判断を下すはずである。科学者が戒めるべきは、データを与えた後で、その出所は明かさないでくれと依頼することである。 最後の理由は、オフレコ情報を与えることには危険が伴うというものである。取材、執筆、編集の過程での混乱により、その情報が記事の中に紛れ込み、関係者全員の困惑を招きかねないからである。ようするに最上のポリシーは、すべての情報は公表可とし、きわどい情報については十分に言葉を選ぶことで、誤解の目を事前に摘むことである。 それでも何らかの抗しがたい理由により、オフレコ情報の指定をしなければならない科学者は、次の、標準的なジャーナリスト倫理に従うべきである。 ・オフレコ情報を口にする場合は、その都度、「これから言う情報はオフレコです」とはっきりと告げること。そして双方がオフレコの意味を確認し合い、記者もオフレコ情報を聞くことに同意していることを確認する。 ・オフレコの話が終わったなら、終わったことをはっきりと告げること。 ・事後に「今の話はオフレコでお願いします」と言ってはいけない。 ●電話、ファックス、Eメールへの対応 不必要な電話、勝手に送りつけられてくるファックスやEメールほど、ジャーナリストを煩わせるものはない。そうしたものは最小限に留めるべきだろう。 ジャーナリストへの電話は、たとえば大ニュースの鍵を握る人物の連絡先を教えるなど、火急の用件で、しかも電話以外には連絡手段がない場合に限るべきである。 ジャーナリストに対して、郵便、ファックス、Eメールなどによる定例のニュースリリースを受け取ったかどうかという確認電話をしてはいけない。 74 大ニュースの情報源の人名、電話番号、ニュースの要約、ニュースリリースなど、火急の情報内容が込み入っている場合には、電話よりはファックスやEメールの使用を考えるべきである。ジャーナリストにとっては、紙やEメールに書かれた情報の方がはるかに吸収しやすいし、そういうものの方が、メモ用紙に書かれた電話の伝言よりも適任の記者や編集者に回しやすい。電話をする場合でも、ファックスかEメールの方がよいかどうか尋ねられると、ありがたがられる場合が多い。 学会大会でのメディアの手配 ●事前の準備――メディアへの通知 学会大会を開催する場所、期間、目的など、ニュースメディアへの第1回目の通知は、あらかじめ何カ月か前に行うべきである。その際には、参加の予定はあるかどうか、今後の連絡は必要かどうかの返事を問う返信ハガキを同封すること。 大会開催通知は、適当なインターネットニュースグループのほか、EurekAlert!などの研究ニュースウェブにも出しておくこと。 講演プログラムが固まったなら、大会のメディア担当責任者やスタッフは、報道価値の高い講演をピックアップすべきである。その際、地元メディアのサイエンスライターの意見を聞けば、喜んで手を貸してくれるはずである。 次にメディア担当者は、ピックアップした講演の発表者に連絡を取り、メディア側の興味を伝え、原稿なり講演要旨を事前にもらえないかと打診することになる。じつはこの作業がいちばん重要である。ジャーナリストの仕事を円滑に運ばせるためには、事前の資料入手がぜひとも必要なのである。それがあれば、いちばん面白くて重要な講演はどれかという見当がつくし、記事の内容が正確度を増す可能性が高まるからだ。研究者に送った依頼書のコピーを所属研究機関の広報にも送っておくと、事がスムーズに運びやすい。メディア担当者は広報にニュースリリースの準備を依頼することもできるが、その場合、報道のタイミングと報道に際しての規則はしっかりと定められており、研究者と広報の裁量に任せられることは承知しておくべきだろう。 原稿などが事前に入手できなかった場合には、学会が開催された時点で入手を試み、会場のニュースルームにコピーを用意する事が望ましい。入手できた原稿あるいは資料の報道価値が高いほど、ニュースルームの機能は円滑となる。 大会の主催者としては大会用のウェブサイトを立ち上げるべきだが、そこには、大会の全日程、報道価値の高い注目すべき発表、背景となる情報など、メディアが必要とする情報が盛り込まれるようにしておくべきである。ただし先にも述べたように、パスワードで保護されたサイトでない限り、報道解禁日付きのニュースリリースやそのほかの資料をインターネットに流してはいけない。 メディア担当者は、サイエンスライターや雑誌、新聞の編集者、放送局のニュースディレクターへの通知を怠ってはいけない。その際、通信社や分野が合致する業界誌などにも、 75 声をかけておくこと。 こうした事前連絡の手段は、手紙、電話、ファックス、Eメール、直接の面談など、適当なものを使えばよい。地元の通信社や支局員への連絡も忘れないこと。 メディア担当者に広報担当としての専門的な経験知識がない場合には、地元メディアのジャーナリストや編集者のなかには、パブリシティの資料作成に関して喜んで助言してくれる人もいるだろう。そういう人は、ニュースリリースを書いたりニュースルームを運営するプロを推薦してくれるかもしれない。 広報担当者としてメディア用の資料を作成し、大会前にライターに送付してもよい。それを行う場合、すべての資料には、リリースすべき日時を明記することを忘れないように。 メディア用の資料としては、記事になりそうな講演一覧、報道解禁日付きリリース、メディアから見て重要な講演者・テーマ、エベント一覧などが考えられる。それらは、大会開催数週間前には郵送すると同時に、EurekAlert!に投稿すべきである。講演時間、展示場のオープン時間、ニュースルームの場所、宿泊所の斡旋、広報担当者の氏名と連絡先なども忘れてはいけない。事前のリリースすべてには、必ずメディア担当責任者の名前と連絡先を明記すること。 大会直前になったら、有力通信社の「デイブック」(1日のニュースリスト)に学会大会と記者会見の情報が入っているかどうかを確認する。メディアは、デイブックに掲載されている大きなエベントを見て、取材するかどうかを決めることがよくあるからだ。 ●ニュースルームの設置 ニュースルームとは、講演原稿や印刷物などをメディアに配布すると同時に、ジャーナリストが原稿を書いたりできるスペースである。設置場所は、学会の講演やワークショップなどが開かれるホテルや会議場内でなければならない。 その近くに、放送局などの取材陣がインタビューを収録したり研究者を撮影するための別室も確保しておいたほうがよい。その部屋は、外部の雑音が入りにくく、十分な電源も確保されていることが望ましい。また、エアコンなど、室内の雑音発生源のスイッチをオフにできることも望ましい。 記者会見用の、たくさんの椅子を並べられる第3の部屋も必要かもしれない。ただ、放送局のためのインタビュールームとの兼用も可能かもしれない。その部屋には、ラジオの取材記者がテープレコーダーの端子を接続できる「マルチボックス」が設置されていればなおよい。 メインのニュースルームには、タイプライター(多くの記者はポータブルコンピュータを持参するので、参加予定者10人につき1台くらいでよい)、コンピューターモデム接続用に電話端末、電話数台(大きな大会ならば数を増やす)、ファックス、タイプ用紙、テーブル、椅子などを用意する。テーブルは、タイプライター用机の高さのものでよい。 必ず必要というわけではないが、標準的なワードプロセッサーソフト、インターネット、 76 プリンターが使えるコンピュータが1台あるとよい。 ほかにニュースルームに必要な設備としては、記名用の机と電話、講演原稿やニュースリリース、配付資料などを並べるためのテーブル、連絡事項伝達用の掲示板ないし黒板、コピー機などである。 辞書などの参考書(活字媒体か電子媒体のもの)、その学会が扱う分野の教科書、人名録などの参考書、その学会の使命、設立目的、歴史などが記されている印刷物、電話帳、十分な冊数の学会プログラムなどもそろえておくとよい。 ニュースルームには、広報担当者かその補佐が必ず常駐していること。専門的な質問にいつでも答えられるよう、学会員などの専門家と、携帯電話などで連絡が取れるようにしておくこと。 ニュースルームにやって来た記者には氏名と所属を登録してもらい、記者証を交付する。記者の名前、宿泊先、Eメールアドレスか携帯電話番号を登録しておけば、新しい重大ニュースが生じた際に即座に連絡がとれる。講演者の所属研究機関や学会等の広報担当にも登録記者リストを提供するとよい。そうすれば、所属研究者のプロフィール提供、インタビューの手配などがスムーズに執り行われ、ひいては学会大会に関する報道にも拍車がかかることになる。 ニュースルームは、学会大会開始日前日の午後にはオープンすべきである。そのタイミングで到着して仕事を開始する記者もいるからである。大会開催中は、夜遅くまでニュースルームの設備を使いたがる記者もいるため、そのための配慮も必要である。 ●ニュースルームの運営 上述した物理的施設が整えば、ニュースルームが開設できる。しかしあくまでもその目的は、ニュースを生むことである。そこで、広報担当者が重要な役割を演ずることになる。 ニュースリリースと講演原稿ないしは講演要旨が、ニュースルーム運営上の要となる。そのため、参加が期待されるメディア関係者の人数を勘案して、十分な数の部数を用意しなければならない。オリジナルの数が少ない場合は、コピーを取ればよい。可能ならば、ニュースリリースや講演要旨その他の資料をASCIIフォーマットで入力した標準的なコンピューターディスクを配布するという手もある。 ニュースルームを開設したなら、論文、講演要旨、ニュースリリースなどのコピーは、リリースした時間の順番にテーブルの上に並べておく。テーブルの後ろの壁に、各コピーの山がリリースされた日時を期した札を貼っておけば便利かもしれない。 広報担当者は、各ニュースリリース資料などのマスターコピーをファイルしてニュースルームに保管しておく。テーブルに置いた資料がなくなった場合に、すぐにコピーして補充できるようにするためである。 講演者のプロフィールについても、テーブル上の資料ないしファイル、ディスク、ウェブ上などで参照できるようにしておくのがよい。ポスター発表のメンバーについても、同 77 じような情報が入手できるようにしておくべきである。ニュースルームでは、ポスター発表のメンバーが、往々にして見落とされがちなのである。可能であれば、科学者、広報、ジャーナリストなどの滞在先を抑えておくとよい。さらに緊急連絡先も併記しておけば、広報担当者にいつでも連絡を取ることができる。 ●ニュースリリースの日時 新聞記者の多くは、締め切りに余裕をもって記事の準備をする。その傾向は、執筆にかなりの時間がかかる場合が多い科学記事では特に顕著である。そのせいもあって、講演原稿などが事前に入手できることが重要なのである。 たとえば、午後4時の講演を聴くまでその記事を書き始められないとしたら、翌日の朝刊早刷りの締め切りにはとうてい間に合わない。午前の講演発表用の原稿が事前に入手できないとしたら、よその都市の夕刊紙の記者にはかなり辛い。同じく、午前に開かれる記者会見についても、夕刊紙の記者には辛いものがある。 通信社の記者は、異なる時間帯で発行されている新聞に届くように、何時間かの余裕を見て記事を送らなければならない場合が多い。 論文、報告書、講演原稿の事前配布が可能な場合、学会と広報担当者としては、報道可能日時を明記しないと、講演者に対しても記者に対しても公正を欠くことになる。 リリース日時を配布物に印刷している学会も多い(たとえば、「1998.1.1,東部標準時午前11時使用可」というふうに)。 なかには、指定時間や分をいちいち確認するのは煩わしいと感じる人も多い。そこで、次のような基本原則を流すこともある。 ・午後1時前の発表ないしエベントについては、当日夕刊で報道可。 ・午後1時以降の発表ないしエベントについては、翌日朝刊で報道可。 ・臨時ニュースは、発表と同時に無条件に報道可。予定されたプログラムの一部ではない出来事は、速報ニュースの対象となる。 朝刊と夕刊の区別を午後1時としたのは、あくまでもここだけの例にすぎない。組織が異なれば、別の締め切り時間を設けることになる。そしてもちろん、電子メディアは、報道解禁時間になればすぐに、情報を流すことになる。 一般には、記者会見から報道解禁時間までの間隔を(たとえば数日後というふうに)あまり伸ばすべきではない。そんなことをすれば出版サイクルに乗り遅れることになる。さもないと、新聞社の編集長の判断で、古すぎるニュースとして掲載を見送られる可能性がある。 どのようなニュースリリースの仕方をすべきかを専門家の学会に教えるのが、NASWの仕事ではない。どんな場合でも、基本原則に関しては広報担当者が事前にメディアに告げ、ニュースルームで、参加登録者に手渡すと同時に、よく目立つ場所に掲示すべきである。 78 ●学会、記者会見、インタビュー 講演発表のニュースリリース、原稿、要旨などは、所詮は講演の概要を伝えるにすぎない。サイエンスライターとしては、講演者の発見をもっと詳しく説明してもらい、講演を聴いて質問をぶつけ、その研究を正確に深く理解するために、当の研究者にインタビューをする必要がある。 広報担当者は、注目すべき講演者やポスター発表のメンバーの記者会見を設定したり、メディアインタビューを提案してもよい。その際は、講演者とメディア側の都合のよい時間を調整して、あらかじめ連絡しておく必要がある。 一般に、記者会見を開くタイミングは、講演発表が行われる時間の、ニュースサイクルにして1つ前の時点に設定すべきである。たとえば、講演発表が午前ならば、その前日の午後に設定することになる。 何人もの記者が同じ発表者へのインタビューを申し込んで来た場合は、「公開」記者会見に切り替え、関心のある記者全員が参加できるような時間的余裕を見て予告を流してもよい。 ただし、ほかの記者が注目していなかった発表をめざとく見つけてインタビューを申し込んできた記者のイニシアチブは、尊重しなければならない。そういう場合、広報は、その記者が目を付けてインタビューを申し込んできたことを、ほかの記者に教えてはいけない。そんなことをすれば、記者のイニシアチブを踏みにじるわけで、悪い感情を生じかねない。インタビューの登録リストをニュースルームに貼り出すなどということもしてはいけない。そんなことをすれば、記者のイニシアチブを台無しにしかねない。 広がりのあるニュースを捜す雑誌記者は特に、科学者の研究や学会活動の個人的な側面を掘り下げ、発展させたいとねらっている場合が多いのだ。 ●学会大会記者会見を成功させる条件 学会大会での記者会見で心懸けるべき事項は、すでに述べた、個々の研究機関における記者会見の場合と基本的に同じである。 すでに述べたように、会見に臨む科学者はまず、学会発表の内容を手短に要約し、その意味を強調するとよい。また、自分の発言は端折って引用される定めにあることも承知しておくべきである。小道具やビデオ、写真、スライド、図表なども役立つ。そういうものは、質疑応答が始まる前に見せたほうがよい。 学会での記者会見では、共同発表者の一団が顔を連ねることもある。その場合は、司会者はまず、個々のメンバーの立場を手短に紹介すべきである。その後で、個々のメンバーが数点の補足をしてもよい。その後で、ジャーナリストの質問を受ける。 1日にいくつの記者会見を開くかは、ニュースとしての価値、ジャーナリストの都合、記者の関心の持ちようなどしだいである。たいていの学会では、1日2回が普通であり、 79 個人的なインタビューを別にすれば、4回がほぼ限度である。 ときには、臨機応変な対処も必要である。国内あるいは国外の重要な研究者が多数参加している場合には、もっとたくさんの記者会見を手配しなければならないこともある。判断がつかないときは、学会に参加しているサイエンスライターに聞いて回るとよい。興味が湧けば、彼らはもっとたくさんの記者会見を要求するはずである。 ●メディアへのサービス ニュースルームにコーヒー、紅茶、ジュース、軽食などを用意すると、ジャーナリストに歓迎される。 大会やシンポジウムへの参加費をメディアに請求すべきではない。特に、公費の支援を受けている場合はなおさらである。メディアは納税者の代理人だからである。ただし、メディア側にも、ホテル代、交通費、特別な行事への参加費などは支払う用意がある。 特別ゲストの講演付きバンケットや昼食会への無料招待券をメディアに提供する用意がある場合でも、メディアの種類によっては、そのような接待を受けるわけにはいかない組織もあることは心得ておくべきだろう。予算が限られているなら、そのようなサービスは提供すべきではない。特別に「記者席」を設けていたとしても、記者たちが好きな場所に好きな人と座ることを禁止すべきではない。 レセプションその他の社交的な行事にも、サイエンスライターを気楽に招待した方がよい。ジャーナリストは、そのような機会を利用して研究者と知り合いになり、質問できることを歓迎するし、その機会を楽しむからだ。 ●してよいこととしてはいけないこと 実際よりも重要な発表であるかのように誇大宣伝してはいけない。特に医学研究では、誇大宣伝によって、嘱望されている治療法に誤った期待を持たせるようなことがあってはならない。目先のパブリシティには成功しても、誇大宣伝で煮え湯を飲まされたメディアから長期に渡って不信を買えば、損失の方が大きくなること必定である。 また、参加している科学者やその科学者の所属機関の広報が誇大に宣伝している話の正当性や重要性には絶対にだまされない用心をすべし。あなたにとっては絶対の信頼性が、メディアとのその後の長期にわたる良好な関係において大切なのだ。その学会で説明された研究に関して、独立した立場からコメントできる権威者の名前を用意しておくこと。 記事を検閲しようとしてはいけない。記事の許可を取るようになどと要求してはいけない。記者たちも、研究者に負けないくらい、正確な記事を心懸けているのだ。 報告を隠したりしてはいけない。すべてをオープンにすべし。研究テーマなり研究報告の正当性や確実さについて私見を述べてもよいが、それ以上のことはしないこと。 受賞や表彰のニュースと新役員選出のニュースも忘れないこと。 大会の公式業務をニュースとして流すことも忘れないこと。委員会報告、推薦、公式活 80 動、決議なども、承認・不承認に関係なく、重要なニュースとなりうる。米国医学会と州の医学会は、代議員会や委員会をメディアに公開している。 学会員とサイエンスライターとの率直かつ自由な議論や交流を大いに促すこと。 科学報道における落とし穴 サイエンスライター、科学者、広報担当者間の関係は親密で生産的であるのが普通だが、誤解や緊張を生みやすい領域もいくつかある。 ●科学者は「個人差」を嫌う インタビューや記者会見に臨む科学者は、不安を抱いている場合が多い。彼らは、メディアに敵意をぶつけられはしないか、発言が誤って引用されはしないか、特に科学者仲間の目に自己宣伝と映らないかといったことを心配している。しかし、メディアの大部分は公正で正確な報道にのみ関心があるという事実を、科学者もすぐに理解するはずである。率直な発言をする科学者は、公正な扱いを受けるはずである。また、説明が明快で、活字にした情報を提供する科学者は、誤った引用や誤解を受けにくい。そして、自分の仕事や研究分野を、他の研究者の業績にも敬意を払いつつバランスよく説明する科学者ほど、信頼できる科学者であるとの評価を受けやすい。 まれなことだが、馬鹿げた質問や品のない質問、不愉快な質問を受ける場合もなくはないが、そのような質問には答える必要はない。あるいはすでに述べたように、自分が重要だと思っている点に質問が出ない場合には、科学者はためらうことなく、その点を持ち出すべきである。 ●論文発表前に研究成果について語ること ときにメディアの質問が、まもなく学術誌に発表される予定の研究成果に及ぶ場合がある。掲載予定の学術誌が出版される前にその詳細なデータを公表すれば、論文の掲載が取り消される危険もあるわけで、そのような危険を冒したがる科学者はいない。しかし科学者は、研究成果とその意味に関する一般的な質問には、快く答えるべきである。それと同時に科学者は、学会の大会で発表する研究はすでに公知のものと見なされるということ、そこで発表したデータのすべては、公表済みであれ未公表であれ、ジャーナリズムが報道してもよい対象となるということを承知しておくべきである。 投稿誌に印刷中の研究結果に関する質問に答えてよいものかどうか迷った場合は、その学術誌の編集方針をエディターに問い合わせた方がよい。出版前に論文の詳細を流すことにいい顔をしない雑誌もあるが、印刷が決まった論文についてはその内容を明かすことにいっさい難色を示さない雑誌もある。 科学者とジャーナリストとの軋轢が生じやすいのは、学術誌のエディターが、その科学者が積極的な売り込みをしたわけでない場合に限り、学会の公の場で論じられたデータの掲載を許可する場合があったりするからである。したがって、公開のシンポジウムで発表 81 しても、報道を画策したという印象をもたれたくないために、ニュースリリースを許可しない科学者もいるかもしれない。 学術誌のエディターは、そのような編集方針を貫けば、不正確で不完全な報道がなされる危険が増す可能性を認識すべきである。それよりは、学会大会で発表された発見については、ニュースリリースやメディア報道を奨励する編集方針の方が好ましい。ただし報道する側は、ピアレビューを経て学術誌に発表されるまで、学会で発表された研究成果の正当性は確定しないということに留意しなければならない。 ●「ドクター(博士)」という称号の使用 メディアの医療報道や科学報道では、著者や筆者に「ドクター」の称号を冠すことで権威を付与している。 医学研究には、博士号(Ph.D.やSc.D.など)を所持する大勢の科学者が従事している。一方、博士号を持っていない医師も医学研究に従事している。いずれにしても、英語では「ドクター」の称号が冠せられ、医学的な問題に関して妥当な見解を述べることだろう。サイエンスライターは、発言を引用した科学者の資格を確認し、発言の権威を明確にしなければならない。大半の報道機関は、「ドクター」と「メディカル・ドクター」の区別を付けるようにしている。 広報担当者は、メディア向けに用意した資料には、少なくとも一度はその科学者の専門を明記すべきである(例:ドクター・シンシア・ジョーンズ、シカゴ大学の物理学者)。あるいは、最初の紹介でシンシア・ジョーンズ博士とかラルフ・スミス医師などと紹介し、あとはドクター・ジョーンズ、ドクター・スミスで通すという手もある。 ●コピー洪水――ニュースリリースが使われない理由 科学者や上役にせっつかれている広報担当者にとって、公表済みであろうと未公表であろうと、どんな研究論文でもパブリシティを試みる格好の対象である。その結果、サイエンスライターや編集者は、きちんと目を通したり咀嚼できる以上の量の資料を送りつけられることになる。その量は、まちがいなく、利用しうる限度を超えているはずだ。 膨大な資料を受け取るライターや編集者は、むやみやたらにニュースリリースを送りつけて来る研究機関から受け取った情報を無視するか、ひどい場合にはそこから来る郵便物は開封もしないようになりがちである。メディアが注意を払うのは、ほんとうに重要なニュースだけを選んで送る努力を示している情報源からの資料なのだ。 広報担当者は、メディアに流すべき研究論文、エベント、資料の選択にあたってはニュースとしての価値を正しく判定しなければならない。そのためには、研究者にいささか厳しい質問をしなければならない場合もある(たとえば、この研究をしているのはうちだけですか、この報告は世界初ですか、などといった質問)。 人事、賞、研究資金、新しい設備、技術上の難解だったり些末な発見、新製品、企業報 82 告などに関するニュースリリースをサイエンスライターが利用することは絶対にない。特定のライターならばそのようなニュースリリースを利用してくれるという確信がないかぎり、そのようなものをサイエンスライターに送付するのは、極力避けるべきである。たとえば地元のサイエンスライターや業界誌ならば、そういうニュースリリースを利用しないこともないだろう。 どういう種類の話題かの如何を問わず、ニュースリリースが利用されない理由としては、以下のようなものがある。 ・地元民の関心を引くほどの話題ではない ・文章がまずい ・ニュースバリューはないのに、話が宣伝くさい ・話が嘘かでっち上げ ・コピーが不正確 ・編集方針に反する ・時機を逸している ●サイエンスライターと見出し 科学記事の見出しが科学者とメディアとの誤解を生じる場合が多々ある。しかし記事の見出しは、記者やサイエンスライターのせいではない。見出しを付けるのは、編集部のデスクだったり整理部の担当者なのだ。 記事を書いた本人が見出しを書かないのは、新聞なり雑誌の紙面のどこにどういう形で掲載されるか承知していないからである。見出しは、レイアウトを鑑みた上で、特定の活字書体で組まれる。新聞記事では、ある版では二段抜きの見出しが付けられていても、次の版では紙面の「組」は変更されたのに伴って、記事の位置と大きさも変更され、見出しも付け替えられることもある。そうした決定はみな、サイエンスライターのあずかり知らぬことなのだ。 ●不都合な話題への対処 災害、事故、反対運動、科学技術上の失敗などに関するニュースが流される場合には、広報担当者は、事実関係に基づく所属する機関側のメディア向け声明を発表しなければならない。声明は、メディアからの問い合わせがある前に準備してあるのが望ましい。また、メディアがバランスのよい記事を書く上で役立つ参考資料を用意することが望ましい。電話をしてくるジャーナリストは、次の締め切り時間のことで頭がいっぱいで、広報担当者が資料を集めたり声明を用意するのを2時間も3時間も待つ余裕はない。タイミングよく用意していなければ、事実関係に基づく広報担当者の声明や視点が記事から抜け落ちかねないのだ。 不都合な話題に対応するための一般則は、事が起きたなら、「すべてを迅速に話す」であ 83 る。悪いニュースは過小気味に話したくなるかもしれないが、そのような方策は、所属機関を愚かに見せるだけである。また、すべての情報を一度に出せなければ、本来ならば1度か2度の報道ですむところを、一連の続報を生むだけである。 広報担当者は、全体的には肯定的なのだが、一部、判断ミスや他の研究グループとの見解の不一致、予期せぬ実験結果といった否定的な内容も含むニュースをリリースせよという依頼を受けることもある。その場合の最善の方針は、たとえそれがリリースする話題と直接の関係のないことであれ、否定的な側面があることをジャーナリストにはっきりと述べることである。そのような情報も前もって提供しておけば、ジャーナリストとしても記事の背景にその話を盛り込むことができる。そうすれば、後で否定的な側面があることを知ったジャーナリストが、その部分に的を絞った続報を書かずにすむ。 たとえば、ある著名な癌研究者が新しい有望な治療法を発表した際、その治療を施した患者の一人が、その治療法のせいもあって死亡していることをあえて明かさなかったことがある。その研究者が言うには、死亡した患者のことに言及しなかったのは、そのときのニュースリリースは、自分が発表した学術論文で報告している治療法を施した患者だけに関するものだったからだという。しかしジャーナリストたちは、最初のニュースリリースでは触れられていなかった患者の死亡に関する続報を書いた。これはまったく正しい判断だったが、その結果、その研究者の信用度に疑問符が付くことになった。 ●メディアへの個人的な「接触」がもたらす価値への異論 広報担当者のなかには、ニュースが記事になるのは特定のライターや編集者との個人的に接触したおかげであると語る人もいる。しかし、そのようなかたちで広報が実現することはまずない。ジャーナリストはみな、あるニュースソースは信頼できるとの感触を持つに至り、情報を求めてそこに接触する機会が増えるということはありうる。しかしそういう関係は、個人的な知遇とはいっさい関係ない。それは、その広報担当者やその研究機関が何年かに渡って立証してきた有能さが養ったものでしかないのだ。個々のサイエンスライターは、信用できなニュースソースのリストもそれぞれ持っている。個人的な関係でニュースを押しつけてくるような相手、さして重要でもないニュースを誇大宣伝する相手、歪曲した見解を提供しようとする相手などはとくに、リストアップされやすい。 ライターが記事にするのは、それが興味深い報道価値のあるニュースだからである。広報担当者が斬新なアイデアを提供したり、素晴らしい資料を用意すれば、記事として取り上げられる可能性は高くなる。しかしライターや編集者の関心事は、彼らがその広報担当者と知己であるかどうかとは関係なく、あくまでも面白い記事になるかどうかにある。 信頼できるニュースソースから得られた面白い話題であれば、知らないニュースソースや、かつて信頼を落としていたニュースソースから得た同等の話題よりも、編集者に好印象を与えやすいということは、もちろんある。 個人としてのあなた、広報担当者としてのあなたが流したニュースが記事としてたくさ 84 85 ん取り上げられるとしたら、それはあなたのコミュニケーションスキルの賜であり、また、ライターや編集者が正しい判断を下したおかげである。彼らは、受け取った何百というニュースの中から、面白い話題を見極めているのだ。 記事として取り上げるニュースの選択にあたってあなたが個人的な役割を演じられるとしたら、それはあなたの評判と、あなたが所属する機関が正しいニュースリリースを行うことで築いてきた評判であり、あなたの個人的な「接触」ではありえない。 巻末参考資料2 英国バイオテクノロジー・生物科学研究会議BBSRC作成 一般市民とのコミュニケーション 英国バイオテクノロジー・生物科学研究会議BBSRC作成 一般市民とのコミュニケーション1 1章 序文 2章 概論 3章 異論の多い微妙な話題の取り扱い方 4章 メディアとの付き合い方 BBSRCの広報 メディアリリース 5章 公開展示 6章 学校との連携 7章 BBSRCが提供できるもの 出版物 教材 展示品 1章 序文 英国バイオテクノロジー・生物科学研究会議BBSRCには他の研究会議とともに、バイオテクノロジーおよび生物科学に対する一般の人々の意識、評価、理解を増進させる責任があります。私たちは、一般の人々が科学という活動、研究成果、そして科学者自身と身近になることを目指しています。そうなることによって、科学技術に対する人々の苦手意識が薄れ、科学技術に関する開かれた議論が活発に交わされるようになることを期待するからです。BBSRCの研究助成金を受けているあなたは、最低でも年1~2日間、一般の人々の科学に対する理解を増進する活動(科学公衆理解増進活動)に従事することが求められています。 相手が地元の小学生であれ、ショッピングセンターの買い物客であれ、地元選出の国会議員であれ、研究について話をする経験は楽しいものですし、私たちはそのような活動に従事する機会を楽しんでいただきたいと願っています。これまで理解増進活動に参加した科学者の方たちは、単にそうした経験から満足感を覚えるだけでなく、所属する大学内や研究所内において自らの存在をアピールし、研究の支援を得ることに利用しています。 1 BBSRCのウェブサイトより。 翻訳掲載を快諾していただいた同会議広報室Simon Wilde氏に感謝する。 87 このガイドは、以下の事項についてごあなたの理解を深めていただくために作成されたものです。 ・ あなたはどの程度の活動に関わることになるか。 ・ BBSRCからどのような支援が期待できるか。 ・ あなたも聴衆も満足できるイベントを計画して実施するための具体的な助言。 BBSRCと科学公衆理解(PUS) 私たちの科学公衆理解増進活動PUS(以下、理解増進活動と略)は、ますます双方向的になっています。すなわち、一般の人々の科学理解を増進させるだけでなく、さまざまな「公衆」が科学に対してどのような関心、意見、夢を抱いているかを科学者の方々にわかっていただくお手伝いをしようというものだからです。BBSRCの理解増進活動には、以下の3つの主要な目標があります。 ・ あなたが公衆とのコミュニケーションを効果的に行う技量を向上させると同時にこの問題に対するあなたの意識を高めることで、BBSRCの研究支援を受けている科学者の理解増進活動を奨励し、必要な技能知識を与えること。 ・ バイオテクノロジーとは何か、日常生活とどのような関連があるかに関する公衆の意識を高めるため。科学とは何か、科学と社会、倫理、商業的問題をめぐる開かれた議論を喚起するため。 ・ 科学リテラシーを備えたコミュニティーを育成するための、学校における科学教育を支援すると同時に、高等教育、研究、企業における科学の仕事を選ぶ生徒を増やすため。 BBSRC広報室は、あなたがそうした目的を達成できるための助言、指導と以下のような支援を提供します。 ・ 研修 メディア対応のための研修や、公開ワークショップ用のコミュニケーション研修など、BBSRCの研究資金助成を受けている科学者を対象とした研修。 ・ 出版物、教材、展示物 一般向けや学校での理解増進活動で使用できます(7章参照) ・ 広報活動 BBSRCの研究助成によって得られた研究成果の広報を行います(4章参照) ・ 科学者と学校の連携 たとえば、「地元の科学者」や「BBSRC地域コーディネーター」制度などがあります(6章参照) ・ 表彰制度 理解増進活動に対して、BBSRCのほか、全国科学週間や理解増進事 88 業が主催しています。 ・ 支援制度 たとえば英国科学振興協会メディアフェローシップやサイエンス・ラインなどが提供しています。 BBSRCはまた、以下の活動を通じて公衆に直接働きかけています。 ・ 公開展示会の開催 BBSRCの研究助成を受けている科学者の協力のもと、ロイヤル・ショー、英国科学振興協会年次フェスティバル、全国科学週間のイベント、エディンバラ国際科学フェスティバルなどで開催されます。 ・ 公的団体との連携 全国女性問題連絡協議会、女性食糧農業連合等との連携。 ・ 他の科学系団体との共同事業 エディンバラ王立植物園、大英自然史博物館、他の研究会議等との共同事業。 ・ 他の団体の支援 英国科学振興協会等への支援。 ・ 討論会用資料、学校教材、出版および展示用素材の制作 研究機関等の一般公開日、公開講演会、科学フェスティバル等において他の団体が使用するための素材です。 理解増進活動のイベント参加者の声を集約すると、現役科学者とじかに会って話をする機会が得られたことがよかったという声が大きいようです。多くのイベントが成功しているのは、科学者のみなさんの献身的な関与のおかげであり、私たちは感謝しています。今後ともみなさんがBBSRCのプロジェクトに参加したり、独自のイベントを適宜企画することによって私たちの活動を助けて下さることを大いに望んでいます。 BBSRCの広報スタッフ、利用可能な資材や出版物についての詳細な情報は7章と8章を参照してください。 2章 概論 2.1 一般向けの科学イベントを企画する際には、以下のような理解増進功労賞の選考基準が参考になるでしょう。 ・ 聴衆である「公衆」に的確に標準を合わせているか。 ・ 明解な目的を提供しているか(聴衆に日常生活では体験できないような経験という「付加価値」を提供しているかということも含めて)。 89 ・ 聴衆の関心を引きそうな活動であることを意識しているか(科学者の自己満足的な話題ではいけない)。 ・ 宣伝臭が前面に出てはいないか(説得ではなく情報提供であること)。 ・ 伝えようとしているアイデアの裏付けはあるか。 ・ 公衆が懸念を示しそうな話題に配慮しているか(たとえば動物実験など)。 ・ 実施しようとしている活動は実行可能で、時間のことも考えているか。 ・ プロジェクトの実行予算は妥当か。 ・ 評価しようとしているアイディアの裏付けはあるか。 なによりもまず最初に考えるべきこと 2.2 あなたが前にする公衆とは誰かを見極める――相手は1種類とは限りません。 ・ 地元特有の関心事や問題に関心を持つ地元の人たちでしょうか? ・ あなたの研究成果を発展させたり利用したりする可能性のある企業や営業関係の人たちでしょうか? ・ 特にその研究によって恩恵を受ける人たちでしょうか? たとえば、特定の病気を患っている人たちや、新製品を買いそうな消費者。 ・ あなたの研究助成をしてくれる人たちでしょうか? ・ 政府の役人、あるいはそれ以外の政策立案者でしょうか? ・ メディアでしょうか? そうだとしたら、それは活字メディアでしょうか、放送メディアでしょうか、それとも・・・? ・ たとえば年齢層も関心も異なる雑多な「一般的な公衆」でしょうか? 2.3 あなたが前にする聴衆は何に興味があるのか、何を知りたがっているのかを見極めて判断し、そのことを考慮に入れて話の内容を決めるべきです。あなた自身の特定の関心や、聴衆はこれを知るべきだというあなたの考えを優先してはいけません。 なぜ他ならぬあなたが、講演者として招かれたのかを、考えてみるといいでしょう。公衆はどういう話を自分から聞きたいと思っているのか、聞けそうだと期待しているのかと、自問してみることです。 2.4 聴衆は、あなたのことをその道の専門家だと見なし、関連分野の幅広い話題に関する答を期待しているということを、よく心に留めておいてください。もし、あなたが本当に答を知らないなら、「知らない」と答えることを恐れてはいけません。また、あなたの同業者を相手に自分の研究について話すときよりも、もっと一般的な文脈で話す準備をしてください。あなたの研究と関連する問題、応用できそうなこと、そしてあなたの研究と聴衆の関心事とがどう結びつきうるかということも考慮してください。 90 メッセージは「明快」にするということを、くれぐれもお忘れなく。キーポイントは1つか2つに絞ること。散漫な話に終始して、いったい何がポイントなんだ、話はまだまだ続くのかという思いを聴衆に抱かせてはいけません。 これだけは忘れずに・・・ 2.5 一般に聴衆は、あなたの研究がいつ、どのようにして、なぜそういう経緯を辿ってきたのかという詳細な話を聞きたいとは思っていません。あなたが新しいテクニックを開発したのでもないかぎり、あなたがどうやってその結果を得たかという詳細に聴衆が特別な関心を示すことはないでしょう。しかし、その研究成果を得るまでにだいたいどれくらいの時間がかかったか、さりげなく触れるのもよいかもしれません。科学の研究とはいかになされるものかを知ってもらう上で役立つでしょうし、科学の発見は一夜にしてなされるものだという一般の誤解を正すことにもなるからです。 2.6 公衆の多くは、科学者に会う機会がそれほど多いわけではありません。人々は、あなたに関して1人の人間として興味を抱くはずです。ですから、研究に関するあなたの期待、気になること、わくわくすること、そしてがっかりした経験などを聴衆と共有するようにしてください。つまり、科学的な話に終始するのではなく、人間くさい話も盛り込むとよいでしょう。 言うまでもないことですが、一般向けの講演では、内輪でしか通じない業界用語、略語、「専門用語」はいっさい御法度です。確信がない場合は、科学者ではない家族や友人を相手にその言葉を使ってみて、意味がわかるかどうか試してみることです。 2.7 一般人相手の会合や公開展示、あるいはメディアのインタビューでは、学会での公式な口頭発表や論文発表とは異なる内容を異なる順序で話す必要があります。 学会発表の場合 一般人向けに話す場合 内容と順序 研究の背景と仮説 材料と方法 結果 議論と結論 現実の世界とあなたの研究との関連性 結論・研究の意義・実用性 背景と方法 関心事 新しい情報 技術上の発展 「何の役に立つの?」 「それで物の見方が変わるの?」 スタイル 感情を交えず、儀礼的、受動体 人間味豊か、ざっくばらん、能動体 91 一般人向けの講演スタイルは、科学者どうしの堅苦しくない会合やワークショップでも使えるという話をしばしば聞きます。 そして最後に・・・ 2.8 自分の立場、動機付け、所属を明確にしてください。一般聴衆は以前にも増して、科学者の「独立性」と、それが研究の信頼性にどう影響するかということに関心を持っています。研究によっては、公的な研究費よりも企業の研究費の支援を受けていることの妥当性をきちんと説明することに、意味があります。あるいは、あなたの所属する組織は何パーセントかの収入を民間セクターで生み出さなければならない必要があることを説明することも、大切なことかもしれません。そういうことを論じることは、英国における研究資金についてよりよい認識を生むことにもなります。 2.9 たいていの人は、面白おかしい科学の「説明」を聞くのはいいけれど、「講義」はごめんだと思っています。 討論会では、人々の意見に耳を傾けましょう。たとえその意見が間違っていると思ったからといって、即座に退けたりしてはいけません。些末な科学的知識に通じていないからといって、科学が誤用される可能性や、科学と社会・倫理の問題に関心を持つ資格がないということにはなりません。全面対決を煽るよりも実りある議論を展開するために、批判にも歩み寄る姿勢が大切です。多くの人々は未だに、科学者というのはよそよそしい存在で、傲慢で浮世離れしていて鈍感な人種であると思っています。そのような幻想を強化することだけはないように。 3章 異論の多い微妙な問題の取扱い方 3.1 異論の多いデリケートな問題についてメディアと議論したり、公衆と直接対話をするというのはなかなか難しいものです。政治的に微妙な問題であったり、個人の価値観に関わる問題などがそうです。そういった問題について公開の場で発言しなくてはいけないと思うと、理解増進活動に参加する意欲がなえるかもしれません。しかし、準備を怠らなければ、最悪の事態は避けられます。 3.2 人々の懸念にずばり応えられる魔法の公式などありませんが、以下の4つの項目はよい参考になるでしょう。 ・ 微妙な部分の本質を正確に突く 問題が「何層にも」重なっている可能性があり 92 ますから、論点のありかを正確に見抜く必要があるのです。 ・ 味方になりそうな陣営と敵になりそうな陣営をあらかじめ見定めておく それと、それ以外にも付随的に論争に巻き込まれる可能性のある問題、個人、組織などが存在することもお忘れなく。 ・ あなたが前にしている「聴衆」と幅広い背景についても考える ・ 自分の所属や既得権についてはいっさい隠しごとをしない 人々は馬鹿ではありません。利害の対立があることは理解していますが、公明正大な議論を望んでいます。 以下に、あなたが抱える特殊事情と必要性を満たす上で役立つと思われる考えを紹介します。 微妙な問題の本質 3.3 BBSRCは、新規に研究助成を受けるすべての研究者に、微妙な問題をはらむ領域と、自身の研究がそれと抵触するかどうか検討するよう求めることにしています。それと同時に、研究助成金受領者には、自身の研究が、たとえば研究目的などの点で一般の誤解を生む可能性があるかどうかについても、検討することが求められています。必ずしも明白ではない微妙な問題のありかをチェックするために、以下に掲げる項目を参考にしてください。 ・ 赤の他人や門外漢が、あなたとあなたの研究の意図を、図らずも、あるいは悪意をもって曲解する可能性はないかどうか、考えてみてください。懸念や誤解が生じる余地があるかどうか、友人や家族に尋ねてみましょう。 ・ 言動が首尾一貫している人など、めったにいるものではありません。ですから、言動の首尾一貫性を他人に期待してはいけません。「生命の尊厳」を理由に妊娠中絶に反対する一方で、死刑には賛成する人もいます。肉を食べる人が狩猟に反対し、その理由として食糧とスポーツとでは相対的な価値がちがうと主張する人もいますが、殺される動物の側にしてみれば、本質的な違いはありません。 ・ 議論している問題の微妙な部分の本質はどこにあるのか、正確に見極めるようにしましょう。そうすれば、その点だけに的を絞ることも、場合によっては論争の焦点を広げることもできます。 ・ あなたがどう発言し、どう行動したところで、人々のイデオロギーや政治観に影響を与えるということはまずありません。一方、誤解されている情報を正すほうが、どちらかといえば波及効果大です。人々の見解を知り、人々がその見解にこだわる権利を尊重しましょう。 93 「味方」をあらかじめ見極めておく 「味方」となりうるものとしては、研究者や学術団体、同業の組織、個々の企業、患者グループを含む慈善団体、政府機関・政府刊行物などが考えられます。 資料については、注意深くチェックしましょう。最新のデータにアップデートされているかどうかよく気をつけましょう。統計データをめぐって言い争うのは最悪です。 「味方」には、次の2つのカテゴリーがあるでしょう。 3.4 メディアを相手に特定の話題について論じた経験のある個人及び団体 そうした個人や団体は、「よくある質問集」、助言集、研修コースなどを用意していたりします。同僚や所属機関の広報担当が、そうした団体に関する情報を持っているかもしれません。分別を持ち、平常心を忘れないように。特定の企業や圧力団体の見解に肩入れするのは考え物です。 3.5 貴重な裏付けデータや事例研究を提供できる個人や団体 数値や具体的な例を(機密情報に抵触することなく)引用することができれば、あなたの主張はすべての点で説得力を増すでしょう。たとえば、「実験に使われる動物の85%以上は齧歯類、すなわちラットとマウスです」と言うほうが、「こうした動物実験に使われるのは、たいていはラットやマウスです」と言うより、説得力があります。 聞き手のことを考える 3.6 どのような質問をされそうか、いっしょにインタビューされるかもしれない人がとりそうな「態度」を予想するようにしてください。たとえば、関係するキャンペーンや圧力団体のウェッブサイトや報道発表を見ておくのもよいでしょう。 インタビューで出された質問を、自分の論点を明快にするために活用しましょう(たいていの政治家はこれが得意です) 3.7 人々の専門知識をみくびってはいけません。正式な高等教育や高度な知識の持ち主でなくても、完全な正論や十分に考え抜かれた意見を持っている人はいるということを忘れないことが、なにより重要です。保護者面をしてはいけません。たとえば、遺伝病を患っている家族のいる人は、その病状のみならず、遺伝子検査や遺伝子診断などにまつわる倫理問題や社会問題に関して、あなた以上の知識を備えているものです。 3.8 論争の的となっている話題に関する直接討論の場合でも、あなたが相対する聴衆は、すでに自分の見解を固めた、極端な原理主義的な見解の持ち主、ということはあまりないでしょう。むしろ、一般的な公衆の「中庸」に位置する人たちで、その話題に関心があり、議論を聞いてみたいと思っている人たちである場合のほうが多いでしょう。 94 自分の意見を述べるのではなく、「敵対的な宣伝」や他人の見解に対する攻撃は、逆効果となりがちです。ノーコメントや議論の拒否も同様です。 4章 メディアとの付き合い方 4.1 メディアに自分の研究成果を発表するのは、大勢の聴衆に届けるという意味でとても効果的な方法です。公開講演会で話を聞いてもらえる聴衆とは比べものにならない数です。しかし、メディアが科学のイメージを正しく伝えないという問題は常に問題になってきました。たとえば、記事が不正確だったり、情報が文脈から切り離されて流されたりという問題です。そうした問題のほとんどは、科学者とジャーナリストが仕事を進める上での目的、制約、行動計画、日程に関する相互理解を図ることで避けられたはずのことです。BBSRCでは、科学者のためのメディア対応研修やコミュニケーションセミナーを用意し、参加費の補助を行っています。 BBSRCが行う広報 BBSRC広報室は、あなたの研究成果の広報を手助けできるよう、様々な方法でジャーナリストとの交流に努めています。私たちの広報活動は、科学者が所属する研究機関が提供しうる広報活動と競合するものではなく、あくまでも補完するものであることを留意してください。BBSRCの広報活動としては、次のようなものがあります。 4.2 bbsrc business誌発行の目的 ・ BBSRCの研究助成によって生み出された研究成果に関する最新情報を提供すると同時に、技術交流、研修、理解増進の振興といった分野での最新成果の紹介。 bbsrc business誌は年4回の発行で、BBSRCの研究助成金受領者、政策立案者、企業家、他の科学団体、大使館職員、メディア、一般読者に広く配布されています。 4.3 プレスリリースの目的 ・ bbsrc business誌で取り上げられている、BBSRCの研究助成がもたらした研究成果を、より広く社会に知らせるため。 ・ BBSRCの新採用、財政上の決定事項と組織運営上の変更事項の広報。 95 ・ 科学の関連分野(たとえば遺伝子組換え)にまつわる公開論争及び政策論争におけるBBSRCの立場の明確化。 ・ BBSRCの一般公開イベントの宣伝。該当するイベントは、BBSRC主催のもの(たとえばロイヤル・ショーでのイベント)もあれば、BBSRCの資金援助を受けたイベント(科学技術週間での表彰式など)の場合もある。 ・ BBSRCの研究助成を受けた研究論文の広報。ただしこれはきわめてまれです。通常は、科学者自身が所属する組織の広報室を使うよう奨励しているからです。それよりはむしろ、誤報やセンセーショナルな報道をされる可能性のある問題についてのアドバイザー役を果たすことが多い。 4.4 プレス・リリースの送り先 ・ BBSRCのデータベースに登録されているジャーナリスト ・ オンライン科学プレスリリース・サービスである「アルファガリレオ」(www.alphagalileo.org) ・ 研究会議評議員、戦略委員会、グループ・ディレクター、研究所長、渉外担当、BBSRC内の組合役員 ・ 英国政府(ホワイトホール) 4.5 記者会見の開催 ・ 特別な科学イベント(たとえば英国科学振興協会年次大会でのBBSRC会議)の広報 ・ 公開論争の的となっている問題に対するBBSRCの立場表明。たとえば遺伝子組換え食品に関して、6人の著名な植物工学者と共に、彼らの見解を(主に)科学メディアに発表しました。 4.6 BBSRCの研究助成による研究成果について、他の組織と連携したプレスリリース ・ BBSRCに属するすべての研究機関の広報室は、プレスリリース用の原稿を事前に提出するよう求められています。話題が微妙な問題に触れそうな場合には、その原稿は科学技術庁OSTに転送されます。 ・ 大学広報室に対しては、BBSRCの研究助成を受けている研究の場合には、プレスリリースを行う前に原稿を提出することが、新たに求められています。 4.7 プレスからの電話による随時問い合わせ 96 これには次のものな事柄が多い。 ・ BBSRCの管轄下にある科学 ・ BBSRCの科学政策 ・ BBSRCが開催する一般向けイベント メディアリリース あなたの研究を報道してもらうようジャーナリストに働きかける方法として、メディアリリースがあります。 4.8 一般原則 メディアリリースは、ニュースが対象です。なぜこの時期にこの情報をメディアに流したいのかという理由が必要です。ですから、どこがニュースなのかをはっきりさせましょう。メディアの興味を高めるにはどうすればよいか、考えてください。たとえば、すでにメディアで話題になっている論点や、著名人の記念日、何らかのイベント、地元の問題と関連づけるのもよいでしょう。 科学に関する話が俄然関心を呼ぶのは、驚きの要素がある、すなわち直感に反する事実の場合や、定説を脅かす場合や、意外な組み合わせの国際的共同研究や企業間研究の場合などです。 一般的に言って、ニュースとしての価値が高くなるのは、日常生活と深い関わりがあるような場合です。ですから、たとえば、論文を出版したとか、学会発表をするなどという文脈にニュースを組み込むようにしてください。 4.9 メディアの種類によってどういう種類の情報が必要かを考えましょう。たとえば地元の新聞や放送局ならば、地元民の興味を引く話題、新しい研究助成金の話、新しい研究室や設備、国際会議などの話題、研究所の一般公開日などです。全国向けのメディアとは、興味の対象が自ずから違ってくるわけです。 誇大宣伝や自己宣伝だけのメディアリリースを行ってはいけません。そういうものは取り上げられません。 メディアリリースをしたいのだけれどということを、所属する機関の広報室(あるいはBBSRC広報室)に相談してください。原稿の内容から、書式、配布先といった実務的な側面まで、手伝ってくれるはずです。また、共同研究者、企業の関係筋、研究資金提供元など、事前に知らせておくべき相手、メディアがコンタクトを取りそうな相手とも、リリース内容を確認し合っておきましょう。 リリース内容が、うっかりして他者に対する余計な批判になっていないか、よく注意しましょう。たとえば、あなたの研究が動物の福祉向上に関する内容だとすると、現行の動 97 物実験に対する暗黙の批判と解釈されかねません。 メディアリリースの構成 4.10 日付または報道解禁日を入れること(4.15参照) あなたの話の主要点を要約する、事実に即したタイトルをつけましょう。気の利いたタイトルをつけようとして時間を無駄にする必要はありません。どうせ実際に記事になるときには、デスク(副編集長)か整理係が見出しをつけるからです。 発見ないし結論を冒頭に出しましょう。プレスリリースでの情報の並べ方は、科学論文の逆です。最初の2~3行に内容のすべてが集約されているべきなのです。ジャーナリストは、毎日莫大な量のプレスリリースを受け取っており、ひとつひとつのリリースをじっくりと読む暇はありません。冒頭の段落が意味不明だったり、どうしてわざわざリリースされたのかがきちんと説明されていなければ、そのままゴミ箱に直行です。 4.11 鍵となる5つの要素(W)を押さえるために、簡潔な能動態の文章を使いましょう。 What:あなたは何をしたのか/するのか。 Why:なぜそれが重要なのか Who:関係者は誰か(J.C.P.スミス教授ではなく、ジョン・スミス教授というように、ファーストネームを出しましょう) When:いつのことか Where:研究はどこでなされたのか 大げさな言葉や堅苦しい言葉ではなく、簡単な言葉を使いましょう。業界だけで通じる術語や略語を使ってはいけません。科学者ではない友人に自分の研究を口頭で説明してみてください。そしてリリースでも、そのときに使うような言葉を用いるようにしましょう。記事で使えるような引用を書いておくのもよいでしょう。ただしその場合も、くれぐれも一般人が実際に使う言葉であること。 あなたのリリースが報道で使われることになったとしても、記事が長すぎる場合、編集者は文章の後ろから削っていく傾向にあります。ですから、主要なメッセージはすべて冒頭に来るようにしてください。 4.12 メディアリリースは、A4サイズ1枚が理想です。どんな場合でも2枚を越えることは決してないように。あくまでもニュース性にこだわり、研究の詳細や背景はメディアリリースの最後に付ける「編集者向けの注」に加えてください。もしいい写真があれば添付するのもよいでしょう。新聞は常に、一般読者にアピールする質の高い写真を望んでいます。ときには、リリースに付された写真の良さで、記事として取り上げられる場合もあり 98 ます。 4.13 最後の部分には、メディアがコンタクトを取れるあなたの連絡先(職場と自宅の電話番号)、もっと詳しい情報を入手できるウェッブサイトのアドレス、あなたにはインタビューに応じる用意があること、写真等々の情報も付けましょう。そして、即座に対応できる体制を整えておきましょう。メディアリリースとは、私にコンタクトを取ってくださいという招待状なのです! なかなか連絡が取れないのは、非礼であり、逆効果です。メディアリリースはあくまでもメディアとのコミュニケーションの始まりであって、終わりではないのです。 リリースのタイミングとターゲット 4.14 あなたが属する組織の広報室は(BBSRC広報室も)、リリースの最適なタイミングとターゲットとなるメディアに関する助言をしてくれるはずです。たとえば、地元のメディアに的を絞ったほうがいいとか、あるいはタイムズの高級専門紙や一般向け科学誌の『ニュー・サイエンティスト』のようなもっと専門的な媒体に的を絞ったほうがいいとかです。また、インターネット・リリースサービスである「アルファガリレオ」に流すという手もあります。あなたの研究によっては、メディアの種類に向き不向きがあるかもしれません。たとえば、もし音声が大切ならば、ラジオやテレビの記者にターゲットを絞るのもよいでしょう。 4.15 週刊誌の原稿締切日や新聞・放送メディアの入稿スケジュールも考慮すべきです。報道「解禁日」を使いたい場合もあるでしょう。これは、特定の日時まで報道しないという条件で事前にリリースをしておくやり方です。週末が近づくと、記者たちは月曜版用のネタ探しをしているものです。解禁日を月曜日に設定したリリースを前もって渡しておくと、取り上げられる確率が高くなるかもしれません。逆に言うと、政府の予算編成時期などのような大きなニュースのある時期にプレスリリースを送らないようにしましょう。ただし、たとえば王室のメンバーの死亡などといった突発的なニュースについては、予測しようがありません。 4.16 論文の出版が予定されている場合、『ネーチャー』誌や『サイエンス』誌など、一部の科学誌については独自の報道解禁日を設定しているものがあることは忘れないように。たとえば『ネーチャー』誌などは、誌上で公表される前に報道された研究成果については、掲載を拒否しかねません。広報に際しての出版規約や指針を遵守するよう心がけてください。 メディアからの問い合わせに備える 99 4.17 たとえメディアリリースが記者の関心を引いたとしても、それがそのまま掲載されることはまずないでしょう。記者は、あなたの研究について直接あなたと話すことを希望するはずです。彼らは、もっと詳しい内容について知りたがるはずですし、もっと広い文脈で話を取り上げたいと考えるかもしれません。それこそ、できる限り話を面白くし、その重要性と実用性をアピールするチャンスです。記者に話すための関連情報を用意し、提供できそうな事実やデータを用意しておきましょう。たとえば、もしあなたの研究が食中毒を起こす細菌の分子遺伝学ならば、その病気の発症と症状についても当然知っているものと期待されるはずです。 4.18 これは一般原則ですが、前もって意地悪質問を想定し、答えたくない質問についていくつか考えておくのも有益です。研究の必要性、企業からの研究助成とか動物実験といった微妙な問題、公的研究費をつかうだけの価値、利害の対立、研究の「独立性」などといった話題が出る可能性は大ですので、前もって自分の答を用意しておくとよいでしょう。 そして最後に・・・ 4.19 自分の話が記事にならなくても、あまりがっかりしないように。似た話題が前の週か月にすでに取り上げられていたとか、大ニュースが勃発したせいなど、記事に取り上げられなかった理由は様々です。 だからといって、あきらめてはいけません。私たちも、bbsrc busines誌に何カ月も前に載せた記事に関する問い合わせを受けることがときどきあります。 s 5章 公開展示 5.1 王立学会主催の「科学の最前線展」であれ、地元のコミュニティーセンターでの展示であれ、学会のポスター発表とはまったく異なるやり方で準備製作をしなければいけません。研究所の一般公開日や全国科学週間を利用してイベントを企画するのもよいでしょう。 5.2 どこでイベントを開けるか ・ 大学や研究所 ・ 博物館、植物園、科学館 ・ 農業フェスティバルや地方自治体主催のショー ・ 公会堂、学校、病院、図書館、駅、ショッピングセンターといった公共の場所 ・ 科学展(エディンバラ国際科学フェスティバルといった全国規模のものや、レク 100 スハム科学フェスティバル、全国科学週間の期間中に開かれる地方のイベント、英国科学振興協会年次大会といったローカルなもの) ・ 全国女性問題連絡協議会、ロータリークラブ、地方自治体など、他の団体組織によって開催されるイベント ・ 国会議事堂、王立学会、モーターショー、アールズコートなどといった会場 開催場所 5.3 たとえば国際会議場とかアールズコートといった公共の広い会場や、農業フェスティバルや地方の祭典などでの展示を行う場合には、予約から機材の設置に至るまで指示したガイドブックを渡されることでしょう。そういう会場では、準備の段階を追って(場所の予約、電源の予約、カタログへの入稿等)厳格な締め切りを設定しているはずです。機材の設置から撤去まで、厳しい規定もあります。ガイドブックには入念に目を通しましょう。大きなイベントでスタンドを借りるのは高くつきます。レンタル用品一式に何が含まれているのか(床のシート、ポスターを貼るためパネルや壁、パワー・ポイント等)、よく確かめましょう。 5.4 もし自分の展示場所を選べるなら、見学者の見つけやすい場所で、大きな出し物会場を結ぶ人通りの激しい「通路」沿いではない場所を選ぶようにしましょう。多くの見学者が集まる大きな呼び物近くの場所がとれれば最高です。 5.5 自分の所属大学や研究機関で展示を行う場合は、(障害者も含めて)アクセスの便と案内板の設置を考えましょう。開催場所について、敷居が高いと感じる人たちがいるかどうかも検討しましょう。たとえば実験室や大講義室などがそうかもしれません。展示場所は共同利用区域に設定し、実験室には別途「ツアー」を組むほうがよいでしょう。 具体的作業 5.6 次のことを検討し、考慮に入れなければなりません。 ・ 機材の運搬と、イベント前、イベント開催中、イベント終了後の現場までのアクセス ・ 必要とするスペース(見学者が動き回るスペースが必要なので、初めに考えたより広いスペースが必要になるかもしれません) ・ 電気、水、照明 ・ 展示ブースを訪れた見学者にあなたが誰かを紹介するための看板 ・ 見学者がもっとも見やすい高さの展示用テーブル 101 ・ 自分の所持品を保管する場所 ・ 予備の機材、印刷物、サンプル等々を保管する場所 ・ 健康と安全関係の問題(非常口、医務室等のチェック) ・ 実験室から植物や微生物を持ち出す場合に遵守すべき保管規則 ・ 必要な人員 一日中見学者の対応をするのは疲れます。可能なら案内係を交代させるようにしましょう。 ブースのデザイン 5.7 ブースは、できるかぎりオープンで見学を歓迎する雰囲気にしなければなりません。計画段階では小さな四角い展示スペースで十分なような気がするかもしれませんが、実際にそこに入場するのは洞窟に入るような印象を与えるかもしれません。間口はなるべく広く取り、外から見て中がどうなっているのか見当がつくようにしておきましょう。そうすれば、中に閉じ込められる印象を消せます。 5.8 考え方の基本は、人々があなたの領域に入ってくる前に、その関心を引きつけるというものです。離れた場所からでもあなたのブースが人目を引けば、近づいてもっと知りたいと思わせられるでしょう。 5.9 ブースに入った見学者は、左側から見始めて右方向へ移動する傾向があります。しかし、すべての見学者が同じ方向からやって来るという決めつけはやめましょう。どちらの方向からブースに入っても、展示内容がわかるようにする工夫が必要です。 ポスター 5.10 全員がすべてのポスターをまんべんなく読むと決めつけてはいけません。1つひとつのポスターを単独で読んでも意味がわかるように作りましょう。 5.11 文章を書く際の注意については、2章を参照してください。ただし、簡潔な文章を心がけること。事実を簡潔に述べるだけで、だらだらした説明は避けましょう。グラフや専門的な図表、補足説明なども避けましょう。どうしても必要なら、パンフレットに印刷して配布するように。広告の看板が参考になります。最も効果的な看板は、人目を引く写真や絵と最小限の文字ですよね。 5.12 ポスターは、展示のごく一部にすぎません。それは壁紙なのです。あなたの説明と(双方向的な)ハンズオン展示こそが詳細を伝え、展示に命を吹き込むのです。そのことを念頭にブースを設計し、構成要素は少なめにしましょう。そして見学者のためのスペー 102 スはたっぷりと! 交流 5.13 あなたの研究を紹介する展示内容やハンズオン素材は、人々の関心を惹きつけ、会話のきっかけを提供するための重要な要素です。また、世代も関心も異なるグループに標準を合わせるための有効な道具です。(たとえばDNAパズルなどを置いておけば、あなたが親と話している間も子供が退屈せずにすみます) 5.14 見学者の注目を引く工夫はいくつかあります。 ・ 見慣れたものを意外なしかたで見せる たとえば、デュラム小麦粉のDNA配列に関する説明に添えて、色々な種類のパスタを透明な保存容器に入れて展示しておく。それを見た見学者は、展示品におなじみの品があることで身近な気分になり、それが科学展示とどういう関係があるのか知りたがること間違いなしです。 ・ 見慣れないものを展示する 顕微鏡でさえ、吸引力を発揮します。しかも、モニター画面に映し出された顕微鏡画像よりも、自分で顕微鏡を覗き込むほうが人気であることが、経験的に知られています。あなたにとってはありきたりな作業でも、一般の人には一度試してみたい作業があるのです。たとえば、マイクロピペットを使ってみるとかです。 ・ 質問を投げかける 写真や品物を並べておいて、質問を投げかけるというやり方です。「DNAがいちばん多いのはどれでしょう?」「変わりものがどれかわかりますか?」というふうに。 タイミング 5.15 どんな展示であれ、見学者が立ち止まる平均時間はせいぜい2~3分だということをお忘れなく。もちろん、もっと長く滞在する見学者もいますが、展示はそれほど時間をかけなくてもわかる内容を含んでいるべきです。たとえば、実験の実演を企画するにしても、結果が出る20分後まで見学者がつきあってくれるなどと期待してはいけません。どうしてもというのであれば、複数の実験をずらして進行させることを検討しましょう。 コンピュータープログラムやビデオを使う場合は、全部を見終わるのにどのくらい時間がかかるかわかるように、残り時間を表示しましょう。 生きものの展示 5.15 植物や動物は、見学者の好奇心をかき立てる効果的な展示です。たとえば、虹色に輝く素材を開発する研究に熱帯産の蝶の標本を添えるというような方法です。温度や光量の調節がうまくいくように、前もって手配しておきましょう。植物は、展示ブースに何日 103 か置いておくとくたびれたように見えることに注意しましょう。イベントが長期にわたるなら、交換の手配もしておいたほうがよいかもしれません。 動物の展示を検討しているなら、特に大きめの哺乳類の場合は、獣医の証明書や、展示会後は実験室に戻せなくなる可能性だけでなく、動物福祉にも気を配ってください。イベントが終わった後、その動物や植物はどうなるのかという問いにも答を用意しておくように。 微生物や遺伝子組換え生物の取り扱い(容器等)には、あらかじめ気をつけてください。 説明ラベル 5.17 見学者の対応に追われてすべての人と話をする時間がないことが予想されるなら、展示物に簡潔な説明ラベルを付け、場合によっては手に取る(ハンズオンする)よううながすことも有効です。 衛生と安全 5.18 機材の安定性、耐久性、危険な化学物質の取扱い、展示物へのアクセス(特に児童の)といった問題も検討してください。年少の見学者が大勢押しかけることが予想される場合には特に、機材が乱暴な扱いにも耐えられるほど頑丈かどうか確認してください。 コンピューター 5.19 どうしても絶対に必要ではないかぎり、すべての展示をパワーポイントによるプレゼンテーションですませたいという誘惑に惑わされないようにしましょう。もし全員がコンピューターを持ち込もうものなら、会場はまるでコンピューター見本市の様相を呈してしまうでしょう。私たちの経験では、見学者は可能な限り「本物」と触れ合いたがります。(特に興味を抱いた見学者のための補足説明にコンピューターを使うというやり方もありますが、見学者が持って帰れる詳細なパンフレットのほうが喜ばれるようです。)コンピューターを使うとなると、ラップトップ型の場合は特に、防犯によけいな神経を使わなくてはならなくなることに注意してください。 器材の借用 5.20 もし同僚から器材を借りる場合には、科学用器材の取扱いになれていない人に手荒く扱われても大丈夫なくらいの耐久性が必要だということに注意してください。 忘れずに 5.21 展示内容はできるだけ単純なものにするように。あなたにとってはありきたりでも、その分野の素人にとっては十分に興味深かったりするものなのです。不安材料があるとしたら、それはほぼ間違いなく現実のものとなるでしょう。それもたいていは、重要人物の 104 来訪直前に。 パンフレット 5.22 見学者が訪問中に展示内容のすべてを吸収するということはなく、暇なときに読めるものを持ち帰ることを喜ぶものです。ポスターの文章をパンフレットに印刷し、見学者に持ち帰ってもらうというのは簡単なわりには効果的なやり方です。 パンフレットは、パネルに掲載するには専門的すぎたり詳しすぎる情報を提供するのにも使えます。 DNAの入った試験管のサンプルとかクロマトグラフィーのデータ用紙など、展示ブースから持ち帰ることのできるおみやげがあれば、あなたの展示が与える印象を強めることができるでしょう。 あなたの役割 5.23 あなたのボディーランゲージや態度が、あなたの展示ブースの前で見学者を立ち止まらせるかどうかを左右します。通りかかった見学者を見境なく引っ張り込もうとする客引きのような態度はいけません。かといって、無関心を装うのも、座って新聞を読むのも、展示物の陰に隠れているのもいけません。 立った姿勢で(座るのはくつろぎすぎです)、リラックスした態度で、ブースに近づいてくる人にアイ・コンタクトしましょう。もし、人が来たらスイッチを入れるような装置や、見学者用に焦点を調節する顕微鏡があるなら、その準備に取りかかりましょう。歓迎のしるしとして喜ばれます。 5.24 見学者から質問してくるのをただ待っていてはいけません。だからといって、「DNAについてどのくらいご存知ですか?」など、知識を問う質問から始めてはいけません。人によっては、脅しにも侮辱にもなるし、多くの人にとっては混乱をきたすもとだからです。かわりに、「こういうものをご覧になったことはありますか?」とか、「・・・について不安はありますか?」とか、「なぜ・・・なのかと不思議に思ったことはありませんか?」といった質問を試してみましょう。一方、展示を冷やかして楽しんでいるように見える人の邪魔をしてはいけません。もしや説明を求めていないか、質問をしたがっていないか、気を配る程度にしましょう。 5.25 ときには、質問の真意が読めない場合もあります。正解のない質問の場合が往々にしてそうです。たとえば、「なぜここにいるのですか?」という質問はどうでしょう。それは、「あなたの所属する組織がこのイベントで展示ブースを開設する目的は何ですか?」という意味にもとれるし、「あっちではなくここにブースを設置した理由は?」ともとれるし、「なぜあなたがこの展示ブースにいるのですか?」という意味にもとれます。こういう場 105 合は、あなた流の解釈で質問を理解して返答し、それをきっかけに対話を始めるのがいいでしょう。あなたの返事に対するコメントを求めたり、展示の感想を求めるのもいいでしょう。 5.26 遺伝子組換えなど、論争の的になっている問題を取り上げた公開展示を実施してきた経験によれば、その機をとらえて、展示ブースにやってきて自分の意見を強硬に主張する人がいます。そうなると、その主張に対する意見を求められたり、政府や企業の見解を弁護する立場に立たされたりするかもしれません。あるいは、あなたの知らない事実や数値なのに、熟知していることを期待されたりすることもあります。このような立場に立たされた場合、礼儀正しさを終始保つとともに、あなたの目的は議論に勝つことでも相手を宗旨変えさせることでも「教育する」ことでもないことを忘れないでください。答を知らない質問に対しては、推測して答える危険を冒すことなく、素直に知らないと答えることです。そして、相手の名前と連絡先を教えてもらい、詳しく調べて後で連絡するとよいでしょう。 5.27 たいていのイベントにはドレスコード(服装規定)はありませんが、なかにはきわめてフォーマルなイベントもあります。展示ブースでは常に名札をつけ、あなたが誰で、所属はどこで、展示担当者であることがわかるようにしましょう。 ブースの運営 5.28 よほど内輪のイベントでないかぎり、ブースを無人状態にしたり、ブースで飲食したりしてはいけません。使用済みのカップやコップなどをブースに置きっぱなしにするのも絶対にいけません。もしも展示物の一部が壊れたら、すぐに片付けるか、最低限注意書きを貼っておきましょう。パンフレットが切れていないか、常に気を配ってください。特にイベントが2日以上にまたがる場合は気をつけてください。ほこりがかぶっていたりするのはいけません。展示会場はほこりっぽいものです。 宣伝 5.29 あなたが展示ブースを出していることを、人はどうやって知ると思いますか。地元のメディアを事前説明会やあなたの展示ブースに招いたり、地元紙に新聞広告を出したり、チラシを開催予定会場などで配ったりするのもよいでしょう。イベントの主催者や自分が所属する組織の広報室に、どういう宣伝をしてもらえるか確かめましょう。 リサイクル 5.30 展示物に投入した時間、精力、お金を考えると、展示物(あるいはその一部)の再利用を考える意味はあるでしょう。地元の博物館や図書館、ショッピングセンター、バス 106 ターミナルや駅、あるいは学校などでの臨時展示会に使えるかもしれませんね。科学週間のイベントや英国科学振興協会年次大会で再利用するという手もあります。類似のテーマの研究をしている同僚が使えるという可能性もあります。BBSRC広報室の分室は、そうした再利用の相談に乗る用意があります。 6章 学校との連携 学校の生徒やカレッジの学生は、長期的に見て科学理解増進の鍵となるグループです。学生、教師、親たちとの連携は、科学研究に対する理解を向上させ、学生を科学に関係した職業に進むよう励まし、地域社会に受け入れられるための有効な手段です。 なぜ学校と連携すべきなのか 6.2 それは、未来の科学者たちと接触し影響を与えうるという実り多い経験をあなたに提供してくれるからです。ひとに自分の研究を説明し、自分の研究(それと科学研究一般)を理解してもらう絶好の機会なのです。 6.3 あなたとあなたの所属組織がそのことで得られる具体的な利益としては、次のようなものがあります。 ・ 科学公衆理解増進の支援というBBSRCの指示事項に対するあなたの貢献をアピールする好機です。 ・ あなたの研究と所属研究組織を地元の人たちに知ってもらう宣伝になります。 ・ 科学コミュニケーションの方法や、公衆が懸念を抱く分野などに対する新しい視点が得られます。 6.4 学校にとっての利益としては、次のようなものがあります。 ・ 科学の研究とはどんなものかを目の当たりにし、研究のおもしろさや苦労を理解する絶好の機会。 ・ 学校やカレッジでふつうに目にする以上に、科学技術の現場に触れられる。 ・ 科学者の好ましいロールモデルに接触できる。 ・ 教材の評価検討や作成を行うにあたって科学者の有益な助言が得られる。 ・ 望外の設備を使える。 107 自分に何ができるか? 学校やカレッジの望みは何か? 6.5 それを知る最善の方法は、地元の学校やカレッジに連絡を取り、直接聞いてみることです。そうすれば、いくつかのアイディアが浮かぶでしょう。BBSRC学校サービスが無料で配布している『学校との連携ガイド』からは、具体例、支援、助言が得られます。 6.6 あなたの研究室に招待し、設備や安全性の関係で学校では実施できない実験方法のデモンストレーションを行いましょう。多くの学生は、たとえば電子顕微鏡が実際に使われるところを見たことも、環境調整室に入ったこともないはずです。 6.7 ふつうの学校生活では出会えないような経験を提供してあげましょう。 6.8 学校やカレッジ、あるいは研究現場で講演をしましょう。学校は、授業内容と関連した科学技術の話や、職業選択に関わる話を歓迎することでしょう。講演は、できるだけ双方向的な形式になるよう努めてください。もし可能ならば、講演中に回覧できるか、部屋で展示できる立体模型などを持参しましょう。生徒の経験や意見を知るための質問を頻繁に発することで、生徒の参加を奨励しましょう。 6.9 生徒への仕事の斡旋を検討しましょう。学校では、第10学年(14~15歳)の生徒に、夏休みの6月と7月に5~10日間ほどの仕事を斡旋するのがふつうです。そして、多くの学校やカレッジは16歳以上の学生の仕事斡旋を求めています。教師にも、教員職業斡旋計画や現職者研修(INSET)による能力開発が奨励されています。 6.10 BBSRCの地元学校コーディネーターになることを検討してください。地元コーディネーターには、同僚が地元の学校と連携するのを奨励することが求められます。手始めとして、2000ポンドの助成金が支給されます。詳しくは、学校連携推進室と連絡をとるか、www.bbsrc.ac.uk/opennet/pa/scien/をご覧下さい。 6.11 もしあなたがBBSRCの助成を受けている博士課程の学生ならば、学内研究者(生物科学)になることを検討してください。これは、学生が自分で選んだ中学校に出向き、生徒を4日間にわたって指導する活動です。奨学金の受給と研修が受けられます。より詳しくは、www.bbsrc.ac.uk/opennet/pa/schools/rir.htmlをご覧下さい。 6.12 全国科学週間(3月の第3週)か、地元の科学展や関連行事に何らかの活動を組織することを検討してください。新規の活動や成功した活動の再実施に対して、BBSRCは、最高2000ポンドの賞金を提供しています。(www.bbsrc.ac.uk/opennet/pa/scien/をご覧ください。) 108 6.13 学校とのつながりがいったんできると、生徒たちはメンター、すなわち個人的に助言と励ましを惜しまない学外の大人とのコンビを形成することで、プラスの影響を受ける場合が多いようです。メンターになっても、それほど時間をとられることはありません。年間を通して短時間のサポートを与えるだけで十分で、それだけでも生徒たちは自信を身につけ、成績を向上させます。 6.14 余っている機材を学校や同僚に寄付することや、技術的・専門的な助言・援助の提供を検討してください。ただしその際には、寄付する器材の安全性と学校での使用に問題がないことを、職場の衛生・安全責任者に必ず確認しましょう。 6.15 もし学校との連携が楽しい経験であるならば、そのことをみんなに話しましょう。同僚にも活動への参加を勧めたり、学校またはカレッジとの連携を検討中の部署への助言役となってください。 役に立つヒント 6.16 もし学校との連携に興味をお持ちならば、次のような人たちと連絡を取ることを検討してください。 ・ 地元の中学校や第6学年カレッジの科学教科主任 16歳以上が対象のカレッジには、近隣の広い範囲から生徒が集まっているので、生徒の供給元である中学校と数多くのつながりを持っているはずです。 ・ 地元小学校の科学コーディネーター すべての小学校には、授業で科学を教えるメンバーがいるはずです。 6.17 学校訪問や講演、参考資料の作成を計画しているなら、その学校の教育スタッフから「ターゲットとなる聴衆」について可能なかぎりの情報を仕入れるようにしましょう。「教師は生徒に何を求めているのか?」とか「生徒は何歳で、現在の学習範囲は何か?」といった情報です。1つのクラスの中でも、生徒の能力には相当のばらつきがあるということを覚えておいてください。担当教師との事前面談や電話での打ち合わせが、とても有意義です。 6.18 参考資料は簡潔でコピーしやすいものでなくてはいけません。本文中の大切な部分をピックアップし、わかりやすいようにマーカーで印を付けておきましょう。繰り返しますが、教師か学校連携担当に相談するようにしてください。カリキュラムとの関連、内容をどういうレベルにするかなど、必ずや助言をしてくれるはずです。ちょっとした演習問 109 題付きのワークシートは、生徒が情報を記憶にとどめる助けとなります。 6.19 可能ならば、あなたのチームにいる若いメンバーの助けを募りましょう。生徒たちは、年配の研究者よりも若い研究者や技術補助員とのほうが、うまく接することができるかもしれません。若い人を前にしたほうが、「研究者になった」自分をイメージしやすく、質問もしやすいようです。 6.20 教師も生徒もその大半は、あなた同様、最初の訪問や接触に不安を抱いているはずです。彼らはあなたに、大規模プロジェクトを始めることも、大見学会の実施も期待してはいません。とにかく、現役の科学者と交流する機会を心から喜ぶはずです。 他の支援団体 学校やカレッジとの連携を促進するための団体が数多く存在します。 6.21 SETNET(科学・工学・技術・数学ネットワーク)は、教育と産業の連携を促進し、実際に実施されている様々な企画に関する情報を流しています。(www.setnet.org.uk参照) 6.22 SATRO(科学技術地域連合) 全国に張り巡らされたSATROのネットワークは、教材の提供を行うと同時に、教育と産業双方にとっての情報・サポートの拠点となっています。SATROの地区連絡事務所等、詳細な情報はBBSRCの学校連携室までお問い合わせください。 6.23 BA(英国科学振興協会)は、主として、科学技術公衆理解増進に関与しています。全国に支所があり、毎年9月に、科学の普及祝賀行事である科学フェスティバルを(毎年異なる)大学で開催しています。BAには、全国の8~18歳を対象とした科学クラブのネットワークであるBAYSという青少年組織もあります。(www.britassoc.org.uk参照) 6.24 ASE(科学教育協会) 地区コーディネーターを擁する、科学教師の全国組織。(www.ase.org.uk/ 参照) 6.25 LEA(教育委員会) 小・中学校アドバイザーや地区の科学アドバイザーから情報や助言が得られます。地元自治体の教育委員会をお訪ねください。 6.26 CLEAPSS(科学教育提供のための教育委員会全国連合) 小中学校の実用的な科学技術教育について助言するほか、出版活動と研修コースの運営をしています。(www.cleapss.org.uk 参照) 110 6.27 NCBE(全国バイオテクノロジー教育センター) バイオテクノロジーと微生物学の教育を、最新情報、研修、教材の提供を通じて振興しています。教室で使いやすい寒天電気泳動キットなど、様々な教材やアイディアを開発しています。 (www.ncbe.reading.ac.uk 参照) あなたの活動を知りたい 6.28 あなたはすでに、学校での活動を行っているかもしれません。もしそうなら、私たちはそれについて話を聞き、あなたの努力を世の中に知ってもらうお手伝いをしたいと考えています。また、あなたのアイデアをスケールアップして、あなたの教材や方式を全国に広めるお手伝いができるかもしれません。 理解増進活動関連の表彰制度、学校向け教材、BBSRC科学クラブについての詳しい情報は、www.bbsrc.ac.uk/opennet/pa/schoolsをご覧ください。 7章 BBSRCが提供できるもの 7.1 すべての教材はBBSRCから無償で入手できます。 7.2 一般向け出版物 ・ 『倫理、理念、作物バイオテクノロジー』『倫理、理念、家畜動物テクノロジー』農作物と家畜のバイオテクノロジーに関する問題と実用性に関する一般向け小冊子。 ・ 『英国におけるGM農業?』 遺伝子組換え(GM)がはらむ恩恵とリスク、リスクの検討のしかたについて論じたパンフレット。 ・ 『インジーニアスinGENEious』 科学と遺伝子組換えの問題についてBBSRCが実施してきた双方向的な対話集会をかねた巡回展示会から生まれたチラシ。 ・ 『製薬とは』 なぜ新しい薬は必要なのか、それはどこで見つかるかを検証した小冊子。 ・ 『新時代の生物保全』 分子生物学とバイオインフォマティクスは分類学をどう変えつつあるか、それは生物学の視点にとってどういう意味を持つかを解説した小冊子。 ・ 『生物学研究における動物の利用』 動物実験に関する建設的な公開論争を促進するためのチラシ。 111 7.3 学校とBBSRC科学クラブのための教材 BBSRC学校連携サービスは、小学校、中学校、専門学校(カレッジ)などの科学教育をサポートするための様々な教材を制作しています。学校と教育連携に携わっている科学者は、無料でBBSRC科学クラブに入会できます。メンバーは、ポスター、小冊子、キットなど、カリキュラムに関連した教材を無料で注文することができます。 7.4 展示会 私たちは、BBSRCの研究助成金受給者にその一部ないし丸ごと無料で貸し出せる展示物と対話用素材を用意しています。もしあなたがイベントを実施するなら、特定のテーマに関してどのような展示パネルが借りられるか、私たちに接触する価値はあります。現時点で提供できるものとしては、以下のようなものがあります。 ・ 製薬とは なぜ新しい薬は必要なのか、植物、微生物、遺伝子組換え生物などを利用することで、それはどこで見つかるかに関する展示パネルや対話用素材。 ・ 新時代の生物保全 分子生物学とバイオインフォマティクスは分類学をどう変えつつあるか、それは生物学の視点にとってどういう意味を持つかに関する展示パネルや対話用素材。 ・ インジーニアス 遺伝子組換えの問題とその科学に関する博物館スタイルの対話式巡回展示。 ・ 遺伝子組換え作物と圃場 組換え遺伝子の安定性とそれが組換えを施していない作物に与えうる副作用について進行中の研究に関する、やや専門的な展示パネル一式。 ・ 加齢の科学 年齢を重ねる中で生活の質を高める上で役立つ研究を紹介する展示パネルのシリーズ。植物と動物の寿命の長さを比較した表や動物の寿命を比較した漫画パネルのシリーズを含む。 7.5 対話型展示 ・ どう思いますか? Mac OS上で動くアニメーション付きの対話式クイズ。遺伝子組換えとその応用に関する見解を問います。回答者の個人的回答と、その日の他の人の回答を比較した結果を即時に表示します。 ・ DNAパズル 全国バイオテクノロジー教育センターが開発した展示。DNA塩基の特異性と、それが糖リン酸でできている骨組にいかにぴたりと収まるかを具体的に説明しています。 ・ 対話式モデル植物 高さ130センチの模型には「触れると話す」部位があって、 112 113 植物の各器官がどういう働きをしているか説明します(8~12歳向け)。 ・ DNAジャングルジム 高さ3メートルの金属製ジャングルジムで、DNAの構造をしています(8~12歳向け)。 ・ 分類への挑戦 子供に物の特徴に従ってグループに分けるという考え方を紹介するための、食卓用のナイフ、フォーク、スプーン類を入れた「グローブボックス」。 7.6 BBSRCが提供するその他のグッズ ・ 連携する 学校との連携を図るためのBBSRCガイド ・ 若い世代との活動 BBSRCの助言と安全に関するチラシ ・ BBSRCのロゴマークのカラースライドとOHT (BBSRCの電子版ロゴマークのダウンロードはwww.bbsrc.ac.uk/opennet/pa/logo/) ・ BBSRCのビニールバッグ、マーク、鉛筆等々 あなたが実施するイベントはBBSRCの支援を受けていることを、できれば明示してください。