Discussion Paper No.28 クラスター事例のイノポリス形成要素による回帰分析 2003 年 2月 文部科学省 科学技術政策研究所第3調査研究グループ 計良 秀美 前田 昇 (客員研究官) この Discussion Paperは、所内で討論に用いるとともに、関係の方々からのご意見をいただくことを目的に作成したものである。 また、本 Discussion Paperの内容は、執筆者個人の見解に基づいてまとめたものであり、機関の公式見解を示すものではないことに留意されたい。 目次 はじめに 1. .実証的研究から見たイノポリス形成要素(前田昇) 1. 世界的に認知されだしたクラスター 2. 調査事例クラスターの特徴 3. イノポリス形成共通要素 4. クラスターの初期生成主要因(離陸要因)による分類 5. 日本各地域での達成度自己評価方法 6. 日米独クラスター政策比較 2. .クラスター事例のイノポリス形成要素による回帰分析(計良秀美) 1.クラスター事例の評価結果 2.評価結果の回帰分析 まとめ 参考文献 参考資料 資料回帰分析結果表 資料地域産業集積型"イノベーションポリス"形成要素 はじめに 近年、グローバリゼーションが進展するなか、地域産業の空洞化に対応する施策の展開が緊急の課題となっている。このため有効な施策のひとつとして地域における科学技術の振興及びその成果を活用した地域イノベーションの重要性が広く認識されている。地域のイノベーションを考えた場合、クラスターという特徴が、経済先進国に特に強くみられる。 マイケル・ポーター教授によれば、「クラスター」とは、特定の分野における、相互に関連した企業と関連機関(大学、業界団体など)の地理的に近接したグループである。クラスターにおいては、集積効果により、大学等の「知」の活用が活発化するとともに、競合する企業間との競争メカニズムが働き、イノベーションを加速するメカニズムを内包している。さらに、クラスターにおいては、顧客のニーズや動向を迅速に把握することが可能となるとともに、イノベーションの必要性や技術機会を得やすい環境が提供されている。また、イノベーションに必要となる資源(部品、サービス、機械その他)をコスト面を含め容易に調達できる場合が多く、地元の供給業者や提携企業の密接な関与も期待できるため、新技術や新製品が効果的に排出され、企業の成長や雇用面等に大きく影響するものと考えられている。 クラスターの形成は、国全体のイノベーションシステムの下で、地域のポテンシャルや地域特性などを生かした多様性のあるシステムを組み込むことを可能とするとともに、それぞれの地域内の企業間及びクラスター間の競争と協力によりイノベーションが活発化するため、結果として国全体のイノベーションシステムの強化と環境の変化に対応するための柔軟性に寄与すると考えられる。 わが国においては、主として地域の産学官を中心に、クラスター形成に向けた多様な試みが緒についたばかりである。地域科学技術振興に関する国の施策としては、地域経済の活性化及び再生、世界に通用する新産業・新事業の連続的な創出を実現するための構想が計画されている。これは、地方公共団体の主体性を重視し、大学等公的研究機関を核として研究開発能力の結集を目指す「知的クラスター」と地域の経済産業局を結節点として、産学官の広域的な人的ネットワークの形成を図るとともに、支援策を総合的・効果的に投入する「産業クラスター」である。これらのクラスターが連携することにより、連鎖的なイノベーションの創出が期待されている。 本稿は、高知工科大学前田グループにより提示されたクラスターの達成度を評価するイノポリス形成要素を用いて、日米欧クラスターの現地調査に基づく評価結果から、イノポリス形成要素間の関係を分析する。具体的には、評価指標である11のイノポリス形成要素を活動指標要素と成果指標要素にグループ分けし、その相関をみるとともに、成果指標を高めるための要因を活動指標要素から抽出し、今後のわが国のクラスター形成施策を推進していく上での一助にしようというものである。 .実証的研究から見たイノポリス形成要素 1.世界的に認知されだしたクラスター 地域全体で学習能力を高めるいわゆるイノベイティブな産業集積地域がクラスターと呼ばれ、世界各地で認識され始めている。 米国 COC(Council on Competitiveness)の Cluster of Innovation Report,2001や、OECDの Clusterに関する種々のレポート、PICMET、ICTPI、研究・技術計画学会等各種のイノベーションやアントレプレナーシップ、テクノロジーマネジメント関連の学会報告集、テクノポリス/クラスターをテーマとした出版物等で良く出てくる地域を拾い出してみるとおおよそ下記のようである。 米国:シリコンバレー(マイクロエレクトロニクス、バイオ)、ボストン(医療機器、ソフトウエア)、オースチン(IT)、サンジエゴ(医薬品・バイオ、通信)、ノースカロライナ・リサーチトライアングル(医薬品・バイオ・通信)、ニューヨーク・シリコンアレー(マルチメディアコンテンツ)、サンフランシスコ・ベイエリア(バイオ)、シアトル(バイオ、IT)、ピッツバーグ(医薬品・バイオ、IT、生産技術)、ヒューストン(医療)、コロラド(IT)、アトランタ(IT、金融サービス、輸送・ロジスティック)、ウィチタ(プラスチック、航空・防衛)、ローチェスター(画像処理機器)、等。 欧州:仏 ソフィア・アンティポリス(IT、通信)、独ミュンヘン(医薬品・バイオ)、独ドルトモンド(IT、電子機器)、フィンランドオウル(通信、バイオ)、等。 アジア:中国 北京中関村(IT)、上海(半導体)、台湾新竹(電子機器)、等。 日本: 札幌バレー(IT、バイオ)、北九州エコタウン(廃棄物・静脈産業)等。 文部科学省の 12 知的クラスター及び 6知的クラスター試行地域 12: 札幌、仙台、長野・上田、浜松、京都、けいはんな、大阪北部、神戸、広島、高松、福岡、北九州 6: 富山・高岡、金沢、岐阜・大垣、名古屋、宇部、徳島 経済産業省の 19 産業クラスタープロジェクト 19: 北海道、東北-高齢化、東北-循環型社会、関東-5地域活性化、関東-バイオベンチャー、関東-首都圏情報ベンチャー、中部-東海物造り、中部北陸物造り、中部-名古屋市等ディジタルビット、近畿-バイオ、近畿-物造り、近畿-情報系、近畿-エネルギー・環境、中国-機械産業、中国-循環型産業、四国-テクノロジー、九州-環境・リサイクル、九州-シリコン、沖縄-沖縄型産業 2.調査事例クラスターの特徴 前田ら(注)は、米国のクラスター先進事例2地域(シリコンバレー、オースチン)と、欧州のクラスター先進事例4地域(独ミュンヘン、ドルトモンド、仏ソフィア・アンティポリス、フィンランドオウル)を過去 2年間にいろいろな機会に実地調査し、その成功要素を抽出した。 それらの成功要素が、これからクラスター育成を目指している日本の各地の事例にどのように当てはまるかを意識して、日本の事例調査を行った。 日本の事例調査 2ヶ所は、経済産業省と文部科学省の両クラスタープロジェクトに選定され、日本の最初の成功クラスターと言われている札幌バレーと、地方で国の焦点がクラスターとしてまだあてられていない小規模な熊本のバイオ/動物実験産業を現地調査した。 (注)前田 昇 高知工科大学大学院起業家コース、端山隆三(科学技術振興事業団)、服部博美 (科学技術振興事業団)、閑春夫 (群馬県中小企業振興公社)、西岡純二 (北海道電力)、坂田敦子 (くまもとテクノ産業財団)、松吉恭裕 (愛知県科学技術交流財団) 調査事例 米国 シリコンバレー(IT Cluster)世界最先端のクラスターでバイオや通信クラスターも活発。 ITの集積が中心。1939年ヒューレット・パッカード(HP)社設立以降大学発ベンチャー主導の世界屈指のクラスター。スタンフォード大ターマン教授や 1957 年ショックレイ研究所から 8人のスピンオフ、1970年ゼロックスのパロアルト研究所(PARC)設立が契機となり、1971年頃からシリコンバレーの名称が使われ始めた。 オースチン市(IT Cluster)全米で急成長のクラスターで 2001 年には全米住みたい都市の No.1に選定。半導体等 ITの集積が中心。人口 75 万の石油産業の町が 15 年で人口 120万人のオースチンモデルと呼ばれる急成長 ITクラスターを創出 した。1977年コズメツキー教授がオースチン大学に科学技術の商業化について研究する IC 2(アイ・シー・スクエアー)研究所を創設し牽引。1983年コンピュータ開発組合 MCC誘致、デル創設が飛躍につながった。 欧州 独・ミュンヘン郊外(Biotechnology / Pharmaceutical Cluster)ミュンヘン郊外でジーンバレーと呼ばれている。バイオの集積地。英国を抜き欧州一のバイオ国になるべく1985年に独連邦政府の戦略的なビオレギオ政策でバイオクラスター育成 3モデル地域の一つとして躍進。州と地域設立の BioMはワンストップウインドウ機能が密な産学官連携で 5年で 100以上のバイオベンチャーを育てた。 独・ドルトモンド市(Electronics/Machinery Cluster)石炭と鉄鋼の重厚長大産業からの転進に成功。 IT、機械の集積が中心。鉄と石炭で欧州の中心であった独ザール工業地帯の失業者救済事業として 1985 年にドルトムント大学横に独国初のインキュベーション機能を持つテクノロジーセンターや国立材料応用研究所が設置され、市との連携で大学横にテクノロジーパークを創設した。 仏・ソフィアアンティポリス(IT /Communication Cluster)日本の筑波学研都市に似ているが、最近ベンチャーが活発化。 IT、通信の集積が中心。フランスの筑波研究学園都市といわれるニースの"対岸の町(アンティポリス)"は、1969年に政府・大学研究機関と大企業の町として開発が開始された。1990年代初めの不況により失職した大企業の博士達が多くのベンチャーを創出した。 フィンランド・オウル市(IT /Communication Cluster)1990年代の大不況時にフィンランド全体のクラスター化のモデル。IT、医療の集積が中心。北極のシリコンバレーといわれるオウル市は、25年前までは人口 6万人の資源開発寒村であったが、1970年の国立研究センター(VTT)-エレクトロニクス研究所の誘致、1980年のサイエンスリサーチパーク構想以降、市議会とオウル大との連携で躍進を開始した。現人口 12 万人。 日本 札幌バレー(ITクラスター)バイオクラスターが第 2のクラスターとして成長中。IT、バイオの集積が中心。1976年北海道大学青木教授発足マイコン研究会の 4人が 1977 年 BUGを発足。ビズカフェー活動を通して多くのスピンオフを排出・育成し、最近ソフトフロント等数社が IPOを達成。札幌バレーとしてクラスターの先陣。北大を中心にバイオと ITの融合を図りつつある。 熊本市(バイオ/動物実験クラスター形成途上)経済産業省のシリコンクラスターに指定されている。動物実験バイオの集積が中心。阿蘇山麓家畜産業の副業である実験動物産業や、1945年設立の(財)化学及血清療法研究所 (化血研)、地元製薬会社と、熊本大学山村教授の世界的なバイオ技術の結合で、ノックアウトマウスを中心としたバイオ・IT産業の結合が始まりつつある。核となるトランスジェニックは 2002 年末株式公開した。 3.イノポリス形成共通要素 下記の 11 要素が欧米の先進 6事例地区から共通要素として抽出された。各地域ごとに特徴があり、必ずしも全要素がそれぞれの地域にとり成功要素とはいえない場合や、その重要度が地域によって違っているが、これらの要素がクラスター形成及びその成長・促進要素であると判断した。 これらの要素は、クラスター創出の最低限必要要素であったり、クラスター促進要素であったり、クラスターによるイノベーション効果であったりする。またそれらが複雑に絡み合っている。 1. 核となる大学の存在 あらゆる世界レベルの発展する地域産業集積は大学や研究所の世界的研究開発技術が不可欠。 核となる世界レベルの研究開発力がある。 世界的人材に若者が引き寄せられる。 世界的人材の引き抜き等による誘致。 政府等の研究開発資金がつきやすい。 政府系ラボや大学、企業の研究開発部門の存在、誘致。 研究開発機関の無いところからクラスターは生まれない。 産学官の連携・結合。 地元企業、ベンチャー、大学、政府系ラボとの連携。 同一敷地、建物内での産学官結合効果は大きい。 2. 変化を要求される背景の存在 地域が通常を上回る危機感を持たない限り、地域産業集積の急速な促進は起こらない。 地域としての危機意識。 変革への連携意識。 地域の風土・気風。 3. トリガーメーカーの存在 ほとんどの地域産業集積発足時には、顔の見える仕掛け人(トリガーメーカー)が存在する。 研究者をひきつける将来の地域ビジョンを描き実現させる人。 世界的業績、熱意、人望ある伝道師の存在。 あのクラスターにあの人有り、と言われる存在。 4. 同一場所での産官学の結合 同じ敷地内、建物内での近接産官学結合が、急速なビジネスへの創出・発展につながっている。 核地域は1時間以内のアクセス。 思い立って昼食をともにできる距離。 いつでも会える距離。 5. 地域イニシアティブ、地域特性 地域に根ざした特性を生かし、地域ぐるみの多層ネットワークが、地域産業集積を促進する。金融、経営、技術、製造等サポートインフラ機関が地元にある。 ベンチャーキャピタル、エンジェル、インキュベーションセンター、税理 士、弁護士、会計士、社会労務士、試作品製造、設計、海外ビジネス支 援等 企業、大学、サポート等の連携コーディネーション機関の存在。 個人ではなく専門の機関が精力的に取組む必要有り。 核となるプロデユーサー、トリガーメーカーが必要。 市・県等の地域行政機関の総合的な取組。 市長や知事の決断や直接参画。 世界水準研究人材誘致で、家族の地域満足度まで考慮。 技術者や経営者本人が移り住みたくなる文化・気候環境。 その家族にとっても買い物、観劇、教育等の魅力が必要。 6. 初期に技術ある核企業の存在 集積初期に大学の技術をビジネス化する核となる企業者が存在すると、産業化への促進が早い。 初期に核となる企業(AnchorCompany)が数社存在する。 地元企業、大企業事業部、急成長ベンチャー企業等がある。 これが地域での産学連携やスピンオフのスタートとなるファーストカストマーとなり次世代ベンチャーを育てる。 7. 産業分野・技術の選択と集中 特定産業への集中的な取組を早期に決めた地域が、集積効果が大きく早い。 地域資産を活かす産業への選択と集中。 地域に根付いた特性がないと、企業は都会に逃げていく。 ロウテク資産が活かされる例が多い。 8. 活発なスピンオフ拡散 大企業やベンチャー、大学からの継続的なスピンオフが、連携を刺激し集積に貢献している。 スピンオフ・ツリーが書けるか。 ベンチャーと大企業、大学等との連携。 地域で大企業とベンチャーの連携による地域産業振興。 ベンチャーの急成長は大企業との連携から。 9. グローバル展開 ハイテク産業はグローバル展開が開発・製造・販売に不可欠で、成功地域は実現している。 グローバルな取組による市場拡大、イノベーション促進。 全世界からの人材、企業、研究所、大学誘致。 初期段階での世界展開でグローバルスタンダード化。 10. 大企業との連携ハイテクベンチャーにとり初期顧客は必須であり、開発段階からの顧客大企業との連携が必要。ベンチャーと大企業、大学等との連携。地域で大企業とベンチャーの連携による地域産業振興。ベンチャーの急成長は大企業との連携から。 11. 結果としてのベンチャー創出と IPO実績成長の遅い中小企業群を数千社抱えていても、産業構造を変え成長するイノベイティブな産業集積は起こらない。IPO(株式公開)による信用度アップ、高成長。優秀人材の採用が容易になる。 周辺の万年低成長中小企業への刺激。 社会的認知によるビジネス効果。 4.クラスターの初期生成主要因(離陸要因)による分類 今回の 8クラスター調査事例は、そのクラスター創出要因、すなわちクラスターとしての離陸のトリガーとなった主要因別に分類すると次の 4パターンに分類できる。 1. 県、州等によるクラスター創出を意識した大学、企業、研究所誘致 オースチン、 ソフィア・アンティポリス 2. 既存の地元企業、大学、研究所、地方政府による連携 オウル、 ドルトモンド、 熊本 3. 国、州、県等による特定産業クラスター創出のための特別な政策 ミュンヘン 4. 地元企業、研究所等からの活発なスピンオフベンチャー シリコンバレー、 札幌バレー 5.日本各地域での達成度自己評価方法 イノポリス形成要素達成度自己評価ワークシート使用には、下記3種類の方法が考えられ、それぞれのメリットがある。これは他人による評価ではなく、自分たち自身による自己評価であることに意義がある。 1. 5年前と現在、5年後の評価比較を行い、進捗度のチェック、今後の政策を考える手段とする。 2. 他クラスターとのベンチャーマークにより、何が違うのかを考え討議する材料とする。 3. 複数の人による同一クラスターの評価を行い、評価の違いを認識しその原因を討議することにより、認識の同一化を図る。 次ページの表-1は、先に述べた日米欧 8ヶ所の産業集積地(イノベーション都市)の現状を、上記の 11 個の地域産業集積要素に基づいて、その達成度を◎○△×の簡易指標で前田らの現地調査に基づく判断で評価したものである。地域間の比較を容易にする為に、表-1の下に記した簡便法で 100点満点で数量化した。 また、これらの評価は、あくまでも簡便法であり評価する人の主観に大きく振れるものであるため、評価の客観性を少しでも持たせうるように表-2自己評価ワークシート記入要領に示すような、◎○△×の簡単な評価基準を定めた。 客観性がふれるであろう異なる人による地域間の比較よりも、同一人により各地域の 5年前、現在、 5年後の予想できる状況を評価すると、その利用効果は大きい。何がこの 5年で発展したか、何を次の 5年で発展させるべきかが明確になってくる。また多くの人による同一地域の評価で、過去、現在、将来で大きくぶれている項目が、なぜ各人の評価が違うのかを議論できる材料としても利用価値が大きい。 この地域産業集積評価モデルが、地域産業集積をめざしている方々にとって少しでも参考になればその調査研究の目的が達せられる。また少し工夫すれば各地での地域産業集積政策の評価としても利用できる。今後とも更なるご意見を伺いより正確なモデル作りに励んでいきたい。 表 - 1 "イノポリス"(イノベーション都市)形成要素達成度(自己評価ワークシート) 2002.9.1 米 米 独 独 フィンランド 仏 日本 日本 形成要素 シリコンバレー オースチン ミュンヘン ドルトムント オウル市 ソフィアAP 熊本 札幌 集積産業 IT IT バイオ IT IT、医療 IT、通信 バイオ、IT IT、バイオ 1234567891011 核となる大学の存在 (国立研究所等も含む)変化を要求される背景の存在 (差し迫った経済状況等)トリガーメーカーの存在 (興して牽引したキイマン等)産官学の結合 (同一場所での産官学連携)地域イニシアティブ、地域特性 (支援機関、地域の魅力、ネットワーキング)初期に技術ある核企業の存在 (大学と連携できる力) イノポリス開始年(キイイベント)イノポリス離陸年(キイイベント)産業分野・技術の選択と集中 (絞りきった特定分野) 活発なスピンオフ拡散 (ベンチャーからの人材の流動性)グローバル展開 (ベンチャー初期からの海外提携) 大企業との連携 (初期購入者としての大企業) 結果としての IPO実績 (VCのサポートによる急成長)合計点 ◎ スタンフォード大○ 東海岸へ対抗◎ ターマン教授○ サイエンスパーク◎ ◎ HP 1939 1939 年HP創業 1970 年PARC設立○ ◎ ショックレイ研、フェア C◎ ◎ ◎ 多数91 ◎ テキサス大○ 石油産業衰退◎ コズメッキー教授○ ◎ インフルエンサー○ Dell 19841977 年IC2 創設1983 年MCC本部誘致◎ ○ ○ ○ ○ 数社79 ◎ ミュンヘン大△ ◎ BioM社社長 ○ ジーンバレー○ BioM社 ○ 1996 年BioRegio当選2001 年BioRegio完了◎ ○ ○ ◎ ○ 数社76 ◎ ドルトムント大◎ 鉄・石炭産業○ Mlute-thiemann◎ テクノロジーパーク◎ Tech Center △ 1985 年TechCtr設立2000 年Elmos社初 IPO△ ○ △ ○ ○ 数社70 ◎ オウル大 △ ソ連崩壊○ ◎ サイエンスパーク ◎ Technopolis△ 1970 年VTT誘致1990 年Medipolis社設立◎ ○ ○ ◎ △ 数社73 ○ CNRS Lab◎ 大企業レイオフ ○ ラフィット教授 ○ ○ コートダジュール○ 1990 年不況レイオフ1999 年NicOx社初 IPO△ ○ 不況によるスピンオフ○ ○ △ 64 △ 熊本大(医)△ △ ○ △ △ 2002 年ユージーン設立まだ数社 IPO時○ △ × × × 34 ○北大(工) ○○△○ビズカフェー △1986 年テクノパーク竣工2000 年「札幌バレー誕生」 ◎○BUGから △△△数社55 項目 1. 6 : ◎: 10 点、○: 7点、△: 4点、×: 0点項目 7. 11 : ◎: 8点、○: 5点、△: 2点、×: 0点 高知工科大学大学院起業家コース前田 昇 注) 1. ターマン教授;スタンフォード大学教授で、学生に自ら起業することを奨め、シリコンバレーで最も成功したといわれる計測器とコンピューターの総合企業であるヒューレット・パッカード(HP)社の設立に貢献。シリコンバレー建設に尽力した。 2. PARC;ゼロックスのパロアルト研究所。GUIなど今日のパソコンを支える技術のほとんどを発明。それらの技術はゼロックスのビジネスとしてはつながらなかったが、スピンオフを中心とする周辺のベンチャー企業群が製品化していった。 3. コズメツキー教授;ターマンと比較される人物で、テキサス大学オースチン校ビジネススクール学長時代、科学技術の商 業化について研究するアイ・シー・スクエア(IC2)研究所を自ら設立してテキサス大に寄贈。大学からの技術移転、技術系ベンチャー企業の育成、都市づくりなどに尽力。 4. MCC;コンピューター関連の業界団体。マイクロエレクトロニクス・アンド・コンピューター・テクノロジー・コーポレーション。多くの候補地の中でもサンジエゴとオースチンが最後まで誘致を競ったが、州や市とコズメツキー教授を中心とした大学の連携が強いオースチンに最終的に誘致が決まった。 5. BioM社社長; Horst Domdeyミュンヘン大医学部(LMU)教授、BioM株式会社設立時から CEOを勤め、彼のバイタリティとネットワークで BioM社をバイオ関連起業の会社設立、インキュベーションセンター、ベンチャーキャピタル、経営相談、特許相談、海外連携相談、政府補助金申請等の One Stop Windowとして軌道に乗せた。 6. BioRegio;バイオクラスター構築のため、競争で選んだ 3地域にそれぞれ 5年間(1996. 01 年)毎年 5000 万マルク(約 25 億円)を援助する独連邦政府の競争に基づくクラスター育成政策で、ミュンヘン郊外のマーティンスリード地区、ケルン・デユッセルドルフ・アーヘン地区、ハイデルベルグ地区の3地域が十数地区の競争から選出された。 7. Mute-thiemann;鉄と石炭のザール工業地帯の中心地であるドルトムント市のクラスター作りで、産学官連携の市民活動を牽引した中心人物。 8. Elmos社;ドルトムント大学インキュベーションセンターで起業し、業務の拡大とともに隣接のテクノロジーセンターに移り、ユニークな半導体設計技術でドルトムントクラスター最初の IPO(株式公開)を 2000 年に達成した大学発ベンチャー企業。 9. Medipolis社;フィンランドのオウル市を中心とするITクラスター創設の約 10 年後、オウル市は、クラスターの多重化をオウル大学医学部との連携の下に行うため、大学病院と回廊で結ばれた土地に5階建てのバイオインキュベーションセンターを設立し、Medipolis社が運営を担当している。ITクラスターはテクノポリス社が運営を担当している。なおテクノポリス社自身が IPOを果たしている。 10. ラフィット教授;仏工業大学の最高峰であるエコール・ド・ミン(パリ鉱山大学)副学長であったピエール・ラフィット教授はパリを離れた南国の土地に科学技術と英知(ソフィア)の都市建設構想を1960年にルモンド紙に打ち上げ、1969年にコートダジュール地帯のニース対岸の街(アンティポリス)に、国や大企業の協力で広大なサイエンスパークを建設した。1990年代初期の大不況時に、パーク内の欧米大企業レイオフに伴うスピンオフによるベンチャーが活発となり、ラフィット教授が精力的に彼らをコーディネートしている。 11. NicOx社;ソフィア・アンティポリスで初 IPOを果たしたソフト開発企業で、ラフィット教授のベンチャー企業朝食交流会メンバー企業のひとつである。 表 - 2 "イノポリス"形成要素達成度(自己評価ワークシート記入要領) 2002.9.1 評価 評価 評価 評価 形成要素 評価要素の例 ◎ ○ △ × 1 核となる大学の存在 企業と共同研究している教授等がその地域に 50人以上いる 20人以上いる 5人以上いる 4人以下 (国立研究所等も含む) 項目 1. 6: ◎: 10 点、○:7点、△:4点、×:0点項目 7. 11:◎:8点、○:5点、△:2点、×:0点 高知工科大学大学院起業家コース前田 昇 6.日米独クラスター政策比較 米国:連邦政府によるクラスター重視政策により、連邦競争力委員会(COC)による大学・企業・州の産学官連携による全国各地での成功事例分析を行い、その結果の公開により、他地域への刺激材料としている。州ごとの競争による効果が大きい。例えばカリフォルニア州では州知事のリーダシップで産学連携の成果に基づく評価連動型の予算配分の"カリフォルニア・イニシアティブ"プロジェクトを推進。連邦政府としてのクラスター育成のイニシアティブは特に無い。 独国:1995年に連邦政府がはじめたモデルクラスター創出・育成プログラムであるBioRegio(ビオレギオ)は、競争で選出されたミュンヘン、ケルン・アーヘン、ハイデルベルグの3地域を集中資金援助し、5年間で大成功を遂げた。同じレギオ手法で、東ドイツ中小23都市の地域密着ロウテク産業クラスターをイノレギオ・プログラムとして育成中である。クラスター創出・育成の鍵となるベンチャー育成の為、連邦政府はレギオ方式の大学発ベンチャー育成プロジェクトやマッチングファンドでのベンチャーキャピタル育成の大胆な施策を打ち出して成功している。 日本: 2001 年から経済産業省の産業クラスター 19 プロジェクト、2002年から文部科学省の知的クラスター 12 地域が進行中。共に地域に主体性を持たせる形で連携して進行中。まだ始まったばかりで、数年後の成果が注目される。 .クラスター事例のイノポリス形成要素による回帰分析 本章では、前章の前田らによる日米欧8地域の調査結果に加え、科学技術政策研究所第3調査研究グループ(注)による国内4地域の現地調査結果に基づき、イノポリス形成要素間の回帰分析を行う。 注)前田 昇(客員研究官)、向山幸男(総括上席研究官)、計良秀美(上席研究官)、杉浦美紀彦(上席研究官)、岡精一(特別研究員)、俵裕治(特別研究員) 1.クラスター事例の評価結果 クラスター事例の評価結果を表-3に示す。こうした評価は、一定の評価基準に基づいて行われたとはいえ、評価時点、評価者の主観などにより異なってくることが予想され、また第3調査研究グループによる評価結果は暫定的なものであることから、絶対的なものではないことに留意する必要がある。したがって、ここでは個々のクラスターの評価点について比較吟味することは行わず、欧米 6地域と日本 6地域を表-3の最後に参考として示してある平均点で比べてみる。 まず、「合計点」をみると、日本は欧米よりかなり低い結果となっている。これは、わが国におけるクラスター形成に向けた取組が開始されたばかりであり、そもそもその取組がシリコンバレーのような欧米の成功事例を目標としているのであるから予想された結果であるといえる。(文部科学省の「知的クラスター創生事業」は 10 地域程度の日本版シリコンバレーの創生を目指すことになっている。) これをイノポリス形成要素ごとにみると、「7産業分野・技術の選択と集中」を除き日本は欧米に比べて低く、「3トリガーメーカーの存在」、「6初期に技術ある核企業の存在」は日本は欧米の半分、さらに「8活発なスピンオフ拡散」、「9グローバル展開」、「10大企業との連携」、「11結果としての IPO実績」は日本は欧米の 5分の 1程度となっている。 表 - 3 クラスターの評価結果 1)前田グループによる評価点 2.評価結果の回帰分析 この評価結果からイノポリス形成要素間に何らかの関係があるかどうかをみるため、11 の要素を二つに分けて「1核となる大学の存在」から「7産業分野・技術の選択と集中」までを「活動指標要素」とし、「8活発なスピンオフ拡散」から「11結果としてのIPO実績」までを「成果指標要素」としてグループ化する。つまり 1から 7までの要素をクラスター形成に向けた活動にかかわるものとみなし、8から 11 までの要素をその活動の成果であると想定してみるのである。 それぞれの合計点の満点に対する割合をおのおの「活動指標」、「成果指標」としてプロットしたものが図 1である。これをみると、日本のクラスター群は活動指標、成果指標ともに低くて左下に位置し、欧米のクラスター群は日本の右上に位置している。特に、シリコンバレーは両指標とも際立って高く他の欧米のクラスターよりも右上に位置している。 そこで、活動指標と成果指標の相関をみると相関係数は約 0.8で、回帰係数も有意水準 1% で有意であり、活動指標が高くなるほど成果指標も高くなる傾向が見られる。(図 2) 次に、この成果指標を高める要因を探るため、これと活動指標を構成する7つの個々の要素との関係を回帰式でみることにする。 成果指標を被説明変数、活動指標の7つの要素を説明変数として重回帰分析した結果が表-4の1である。回帰係数の t値は「X6初期の核企業の存在」、「X3トリガーメーカーの存在」がそれぞれ有意水準5%、10%で有意であった。他の係数には有意性は認められなかった。さらに、この二つの要素に比較的t値の高い「X5地域指導・特性」を加えた3つを説明変数にとって重回帰分析を行ってみると、表-4の2のように「X2初期の核企業の存在」、「X1トリガーメーカの存在」の係数はそれぞれ有意水準 1%、5%で有意となった。 以上のことから「初期の核企業の存在」と「トリガーメーカーの存在」の評価が高ければ成果指標が高くなる傾向があるといえる。 なお、以上の分析は平成14年時点の12事例に関するイノポリス形成要素による評価結果をもとにして行ったものであり、今後、これらの評価手法の更なる改善や事例の追加などにより分析結果が変わることがあり得る。 図 - 1 クラスターの活動指標と成果指標 活動指標;核となる大学、変化を要求される背景、トリガーメーカー、産官学の結合、地域イニシアティブ、地域特性、初期に技術ある核企業、選択と集中の合計点の満点(68点)に対する割合。 成果指標; 活発なスピンオフ拡散、 グローバル展開、 大企業との連携、 IPO実績の合計点の満点(32点)に対する割合。 注: 図の ( ) 内の数値は から までの合計点。 表 - 4 成果指標と活動指標要素の重相関 1.被説明変数Y: 成果指標、説明変数Xi:活動指標要素の. Y=a0 + a1X1 + a2X2 + a3X3 + a4X4 + a5X5 + a6X6+ a7X7 ○ △ ◎ 説明変数 係数 t値 X1X2X3X4X5X6X7 定数項 核となる大学 変化の背景 トリガーメーカー 産官学の結合 地域指導・特性 初期の核企業 選択と集中 -7.2621 -0.5213 -1.5427 1.8865 0.3189 2.3031 1.8589 -1.2861 -0.8172 -0.3927 -1.8557 2.2261 * 0.4061 1.8355 3.4355 ** -1.9418 自由度修正済みR2 0.8362 2.説明変数を ◎○△ とした場合 Y=a0 + a1X1 + a2X2 + a3X3 説明変数 係数 t値 X1X2X3 定数項 トリガーメーカー 初期の核企業 地域指導・特性 -16.1885 1.3358 1.9548 1.3774 -2.3711 ** 3.1432 ** 3.6635 *** 1.8481 自由度修正済みR2 0.7737 まとめ 日米欧の 12 のクラスターについて、イノポリス形成要素によりその達成度を評価した結果は、日本は欧米に比べかなり低い評価結果となった。この結果を詳しくみると、日本は「スピンオフ拡散」や「IPO実績」などの成果指標要素の評価点は欧米の 5分の 1であり、活動指標要素のうち「初期の核企業の存在」と「トリガーメーカーの存在」は半分程度になっている。 また、12事例の評価結果から、活動指標と成果指標との間には相関がみられ、さらに活動指標要素のなかの「初期の核企業の存在」及び「トリガーメーカーの存在」と成果指標との間にも相関があることが示された。 以上のことから、我が国のクラスターが欧米並みにスピンオフ拡散や IPO実績などの成果を生み出していくためには、クラスターの形成に向けた各般の取組を行っていく中で、とりわけ、大学の技術をビジネス化する地域の核となるような企業を何とか立ち上げるかあるいはこれをよそから誘致するなどして、さらに、トリガーメーカーとなるような顔の見える仕掛け人を企業や大学から抜てきするなどして、地域におけるイノベーション活動を活性化することが急務となっている、といえるのではなかろうか。 本稿はイノポリス形成要素を用いたクラスターの評価・分析の一例にすぎないが、イノポリス形成要素を用いてクラスターの達成度を自己評価することは、進捗度のチェック、他のクラスターとの比較検討、複数人の評価による認識の同一化など様々なメリットがあると考えられる。また、地域産業集積政策の行政評価としても利用できる。今後とも、各般の意見を賜り、より正確な評価モデルを作成していくこととするが、このモデルが各地域におけるクラスターの評価・分析、政策提言などに広く活用されることを期待する。 参考文献 1.「平成 13 年度 科学技術の振興に関する年次報告」(2002) 2. マイケル・E・ポーター『競争戦略論』(竹内弘高・一橋大学教授訳、ダイヤモンド社)(1999) 3. 前田昇ほか「地域産業集積型"イノベーションポリス"形成要素」(2002)